カラオケ名人・奇人録(その2)(H13年12月2週号)
・産能大のT氏
T氏は、私より20くらい年下である。私が産能大の研究所でコンサルタントをしていたとき、職員で入所してきた。同氏を知るようになったのは、私の開発した生産士コースという通信教育関係の担当になった以来である。T氏は大学時代に、カラオケ選手権で優勝したカラオケマニアで、歌は郷ひろみそっくりさんと言われた。しかし、同氏と仕事で最初会ったときは、私はカラオケに無関心であったので、一緒にカラオケに行くことはなかった。 しかし、1990年代に私がカラオケに没頭してから、彼と誘い合ってカラオケに行くようになった。彼が歌うと、スナックのホステスたちが聞きほれ、リクエストをすることが多かった。
後に、彼の結婚式に招待されたが、式の最後に、花婿である彼が自らカラオケで郷ひろみの「お嫁サンバ」を歌った。カラオケ結婚式となった。
私の生産士コースが東南アジアに拡大するようになり、1993年、T氏とタイに1週間出張した。最後の夜、大きなカラオケスナックで、2人で20曲くらい歌ったことがある。
・S社長
S社長は、元は大手商社の人であった。若いとき、ニューヨークに派遣された。そのとき、スナックで知り合った20歳くらいの若いホステスY嬢がいた。S氏は、その後日本に帰り出世街道を歩き、定年で子会社の社長になった。この会社は教育機関であったので、1991年にアメリカの企業訓練関係の視察に視察団で行ったとき、同行者の中にS氏がいて、私は知り合いとなった。サンフランシスコに滞在したとき、2人で夕食をした後、外に出てS氏はカラオケのスナックを探し始めた。そして、ある広いスナックに入った。そこのママを見るなり、S氏とママは抱き合った。そのママがY嬢であったのである。実に、30年くらいの空白後の再会であった。S氏は「清い付き合いであったから、このように良い思い出となったのだ。」と自慢をしていた。
S氏は長身で、若いときは合唱部にいたというくらいであるから、カラオケと言うよりもプロのようなうまい歌い方であった。ホテルに帰ったのは深夜の1時で、カラオケの支払いは100ドルくらいであったと思う。もちろん、気を良くしたS氏が払った。