| 昨年、12月くらいから、静岡方面に仕事で行くことが多く、晴天に恵まれ、白雪の富士山の全景を見るチャンスが多かった。やはり、近くで見るとすばらしい山である。特に、正月向きの山である。 |
| 富士山に登ったのは大学生時代である。高校時代の同窓のK君と一緒に登った。彼と富士山に登ることになったきっかけは、夏休みのある日、彼と町でばったり会ったときである。彼は浪人中で、別な友人の噂話では、ノイローゼ気味であると聞いていた。家に来いというので、彼の家にお邪魔したら、お母さんが「息子が家に閉じこもりがちで、たまには遊びに来てください。」と言われた。そこで、一つ、気晴らしに思い切って富士山に登ろうと提案した。 |
| 富士登山は、最盛期の8月初旬は込んで大変なことは知っていたので、時期を8月20日頃にした。富士吉田で電車を降り、そこから歩いた。馬返しあたりから登りになる。案外時間がかかり、8合目あたりでご来光になった。晴天に恵まれた。それから、胸突き八丁である。私は頂上に近づくとピッチが上がるほうである。早く頂上を極めたいという心理であろうか。ところが、私の後についてきていたK君が急にいなくなった。見ると下のほうでのびている。下山してくる人に、起こしてくれるように依頼した。ようやくゆっくりあがって来た。そして「もう、苦しい。君だけ、先に登ってくれ。俺はここで待っている。高山病かもしれない。」と言い出した。もう後少しである。背中を押すようにしてなんとか頂上についた。驚いたことに、頂上についたら、K君はなんでもなかったようにスタスタと頂上の平らのところを歩き出した。人の精神力とはこわいものである。K君も自分で驚いていた。 |
| 帰りは、身延線で甲府に出て長野に帰るので、富士宮口に向かって降りた。しかし、その日の内に駅に着きそうもないので、2合目あたりで山小屋に泊まることにした。予定外であったので、宿泊代は十分にない。万が一のときと思って持っていた米と缶詰をすべて差し出して、泊めてもらった。最盛期を過ぎていたので融通はきいた。屋外のドラム缶風呂(水は雨水であるという)に入って汗を流した。 |
| 翌朝、富士宮に向かって下山した。途中、タクシーの運転手に「学生さん、富士宮からお客を乗せてきて今帰り道でカラだから、タダでいいから乗せてやる。」と言われ、運良く、富士宮駅までタクシーでいくことが出来た。最盛期を過ぎるとこういういいことがある。 |