| 1970年頃、今のコンサルティングの仕事をするようになってから、原稿を書くことが多くなった。その点、ワープロには期待していた。しかし、単漢字変換を見たとき、これでは手で書いたほうがはるかに早く効率的であると思って諦めた。 |
| しかし、1980年頃、キャノンがローマ字変換のポータブル式ワープロを開発したとき、事情は一変した。これは、重さが8kgほどあった。私は幸い、英文タイプはブラインドでできるから、ローマ字変換ならすぐに入力できる。それに出張に8kgくらいのものなら何とか持っていける。新幹線だと専用ケースに入れて上の棚に丁度乗っかる。出張先で、手書きで汚い筆跡で文書を残すより、きれいにプリントアウトして文書を残して帰れる。迫力が違う。こうして、手書きからワープロへとなった。 |
| このキャノンのワープロは液晶で20文字しか出ない。したがって、原稿を書くとき、一旦、プリントアウトして、千字くらいの原稿にして読まないと文章の前後のつながりがおかしいことがある。このやり方だと感熱紙とリボンをかなり必要とした。また、キャノンのこの機械は、文節変換方式ではなく、長い文章をひらがなで入力し、もどって変換するという方式であった。これは原稿を書くのには適していた。なぜなら、頭に浮かんだことを先にどしどし、ひらがなで迅速に入力できるからである。文節変換だと、思考が変換の都度、漢字選択で中断される。それが最初嫌であって他社の機種に変えられない原因となった。 |
| 1990年頃、東芝のルポの評判が良いというので、これに切り替えた。文節変換にもなれた。液晶画面が拡大し、軽くなり、これを出張で持つようになった。記憶は当然、フロッピーである。パソコンはまだ使わなかった。変換効率がよくなったり、軽い機種ができたりすると、買い換えた。ルポの買い替えで数年間で数機種になった。1年単位で買い換えていたことになる。 |
| デスクトップのパソコンはIBMのものを1995年に買った。1998年にダイナブックのノートパソコンを買った。しかし、原稿はまだ、ワープロのほうが使いやすかった。そのうちにノートが軽くなった。出張にノートパソコンが使いやすくなってきた。そうするうちにルポは昨年、ついに廃機種になった。ルポの最後は私のワープロとの別れとなり、キャノン時代からの10台近い大小のワープロは廃棄物となった。こうして、約20年の間に、私の手書きはワープロになり、そしてワープロからパソコンに移った。 |
| 今、この原稿は最近買った東芝のリブロを使って出張先で書いている。重さは1kgである。最初のキャノンの8kgのワープロを持って出張した時代がなつかしいが、同時に技術の進歩の恩恵を受けていることを感じる。しかし、廃棄したワープロはどういう意味があったのかと思うと複雑な心境である。 |