スポーツのこと :水泳(H14年2月4週号)
 私がよくやったスポーツは、水泳、野球、登山の3つである。いずれも体力が必要なので、継続して鍛えていないと、年をとると趣味とならない。いずれも、30才台になってやらなくなったので、今は趣味になっていない。もっと、テニスのように長続きするスポーツを選ぶべきであった。ゴルフはブームになった頃、多忙でチャンスを逸した。
 しかし、水泳は、私の人生観を変えるほどの影響があった。何故なら、私は体が弱く、中学生になるまで、泳げなかったからである。そこで、私は中学1年の夏、一念発起して、夏休み中に水泳を覚えることにした。本を読んで、毎日、プールに通った。平泳ぎはかなりマスターできた。
 夏休みが終わり、9月になって、クラス対抗があった。私が熱心にプールに通っているということで、級友が私を100メートルの平泳ぎのクラス代表に選出した。しかし、それは小学校時代から平泳ぎで有名なM選手が他のクラスから出るので、平泳ぎは最初からM選手の優勝はきまっているからだった。私は選手の数合わせとして適当に選んだというだけであった。第一、私も泳ぎを覚えたばかりなので別に優勝する野心もなかった。
 100メートル平泳ぎレースのスタートの号砲で、6名の各クラス代表が一斉に飛び込んだ。平泳ぎでは前はよく見える。飛び込んだとき、私以外の選手は全て前に見えた。要するにビリであった。ところが、50メーターのターンをしたとき、前に誰も見えなくなった。平泳ぎは息をするとき顔が水面に出る。場内の歓声が聞こえる。次にキックして水に顔が隠れると、歓声が消える。この繰り返しが続き、ついに、M選手とかなりの差をつけて私は優勝した。完全な番狂わせで私はヒーローになってしまった。同じクラスに、クロールのうまいのK君がいて、メドレーリレーでは私が平泳ぎをし、彼のクロールにつないだ。私がタッチしたとき、彼は私の頭上を飛び込み、私はプールから上がらず、彼が一位でゴールしたのを見ていた。このシーンは未だに記憶にある。こうして私のクラスは総合優勝も獲得した。すぐに水泳部から勧誘に来た。しかし、毎日の練習が嫌で入部しなかった。
 それ以来、私は目標を立て、これを確実に達成するということがいかに感激的なことかを学んだ。これが青春であろうか。
 20年くらい後で、私の勤めていた工場の近くの会社に、K君が転勤してきた。彼にそのリレーのときの話をしたが、彼の記憶にはなかった。彼にはとっては感激的なことでなかったのであろう。