| ・磐田のS君、K君 |
| 私が磐田のある企業の改善支援に行ったのが、1980年頃である。この会社の生産管理課長がS君、品質管理課長がK君である。このプロジェクトは3年程で終わったが、不思議な縁で、この両君とはその後、年1回か2回、カラオケをやる。私は関西の出張の途中で浜松に降り1泊したりすることもある。 |
| ところが、K君は、カラオケは最初出来なかった。付き合いで1曲くらい歌うのであるが、音痴で聞くに堪えなかった。彼は車マニアで高級な外車を乗り回していたので、移動するときの運転手の役割であった。したがって、スナックでも、カラオケボックスでもアルコールは飲まない。自然、カラオケはS君と私が中心で歌うようになってしまった。 |
| この企業のプロジェクトが終わり、数年たって、K君は独立して会社を作り、小さいながら社長となった。その頃から、彼はカラオケをやるチャンスが増えたのか、いろいろな曲を覚え出し、毎年、会うたびに腕を上げ、昔の音痴時代は想像できないほどうまくなった。昨年も、2人に会ったが、カラオケの曲は3人が交替で歌うようになった。この付き合いは、すでに20年以上になるが、S君も数年前に転職し、今は重役である。 |
| ・福井の社長 |
| この会社は20人くらいの小企業である。2年前に社長は私のホームページを見て、その考えが気に入ったということで、ISO9001のコンサルティングの依頼が来た。私は大雪の福井にとんだ。半年くらいで無事取得した。この社長は最初、私がカラオケをやるとは思っていなかった。社長は古い演歌がうまかった。ところが40歳台の管理責任者もカラオケがうまかった。結局、3人で行くようになった。社長は、朝が早いので、大抵、管理責任者と私が夜遅くまで歌うことになった。 |
| 社長の行きつけのスナックでは、社長と私の歌った曲の記録があり、そのスナックに行くと、そのメモが出てくるので、そこからリクエストすればよいようになっていた。新しい曲を歌うとホステスがメモに追記した。一度、3人でスナックに行ったとき、得点の出るカラオケで、95点以上出るとボトルがダダになるということであった。別な客で、そんなにうまいと思わない客が95点取った。社長は「よし、俺も絶対取る。」と1曲歌い、95点取ってボトルを獲得した。 |
| ISO9001を取得してから、福井に行っていない。しかし、ときどき、社長から留守電が入る。それはそのスナックからである。「今、例のスナックで飲んでいます。福井に来るのを社長と管理責任者とスナックがお待ちしています。」という電話である。今年は、暖かくなったなら、2000年改訂で行くようになるであろう。 |