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私くらいの世代は、学生時代、徹底的な軍事教育を受けた。私くらいの世代が一番、軍事教育が徹底されていた時期である。だから、1945年の8月15日まで、日本の勝利を本気に信じていたし、神風が吹くと本当に信じていた。私は、8月は、夏休みなので田舎にある母の実家にいたが、長野市が8月13日頃、空襲にあって、母は逃げて来た。その夜、母は「これで日本は終わりだね。」と言った。私は怒り「天皇陛下にそむく考えだ。今に神風が吹く。」と本気で反論した。
夏休みが終わって、学校に帰ると、敗戦後の百八十度異なる教育制度に一挙にしてぶつかった。軍事教育の先頭を走っていたある若い先生が、敗戦間際に徴兵されたが、生きて帰ってきた。全校生徒の前で、帰国挨拶を講堂の壇上でしたが、途中から、悔し涙になり、大声で泣いて壇上にひれ伏した。
学校の入り口にあった御真影(天皇陛下の写真があるところ)は、毎朝、そこを通るとき、最敬礼したが、敗戦後、撤去された。歴史の授業は、今まで、一生懸命勉強した歴史の教科書のいろいろな個所を、先生の指示によって墨で塗りつぶす作業になった。歴史の時間に硯と筆が不可欠だったのである。
今、帰国した拉致者は、戦後生まれで、この世代ではないので、この体験はないであろう。しかし、彼らの子供は、日本の軍事教育と同じで将軍様がいる教育を受けている。それが、日本に帰ったら、私たち世代の学生の頃と同じ事態に直面するだろう。そのため、躊躇しているだろうが、私たち世代はそれを乗り越えた。いや、乗り越えざるを得なかった。イデオロギーに不信になった人もいた。また、それにもかかわらず、イデオロギーにこりずに、別な社会主義イデオロギーに走り、また、スターリン崩壊で裏切られた人もいた。歴史というのは個人にとって苛酷である。それは、生きていく上の運命である。
私個人としては、他の世代にない、いい歴史的な体験をしたと思っている。
だから、私たち世代の経験を参考に、ケアをよくすれば、大きな問題はないと、私の人生最大の体験からそう思っている。
それにしても、拉致された5人の人について新聞で「帰国」とか「帰郷」と言っているが、これはおかしい。誘拐された人が、家に戻るときに「帰宅」とは言わない。「自宅に無事、保護された」である。今度、5人は政府方針で、北朝鮮にもどらないことになったが、政府は「保護」という発想になったのであろう。
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