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最近、製造業の人が中小企業でも中国にビジネスで行ってきたという人が非常に増えている。
私たち世代では、若いときは、行きたい外国旅行先は圧倒的にアメリカであった。しかし、私は変わっていて、その頃から、外国観光旅行ならアメリカより中国大陸に行きたかった。特に、石佛の大石窟にあこがれた。
しかし、外国に最初に行ったのは1973年でやはり、仕事の関係でアメリカであった。ついでに、ナイアガラの滝とか、グランドキャニオンなどの観光地を回った。
中国は、その後、1980年になって仕事で行ったが、中心は満州の長春であったので、観光は万里の長城などの、北京周辺の観光地で終わった。
そのうちに、シンガポール、タイなどの東南アジアでの仕事が多くなった。 観光は1986年にヨーロッパの方が先になった。これは14日のツアーの旅で、イタリアからアルプス、そしてドイツのロマンチック街道、パリ―、ロンドンと回った。翌年は、仕事でドイツ、フランス、イギリスを回った。
ようやくひまを作り、思い切って石窟観光を含めた中国観光ツアーに一人で参加したのは、1992年であった。ツアーはほとんど、中高年の夫婦が多く、ヨーロッパツアーのように若い女性はいなかった。このツアーは15日間の旅で、内蒙古のパオでの一泊からはじまり、南下して、聖地五大山、少林寺、そして念願の大同の石窟、龍門の2大石窟を見た。最後は夜行寝台で上海に行き、上海から成田に帰った。これで中国3大石窟のうち、2つを見たが後の1つの敦煌が残った。しかし、これは別方向でシルクロードのツアーになるので諦めた。
このツアーは、中国本土の地方廻りが多いのでトイレには困った。オープンのトイレが多く、特に女性が大変であった。このために、若い女性は、まだ、中国に殺到しないのであろう。
この旅行は上海で終わったので、今、中国の製造業が盛んな南部は行っていないが、この10年で中国は南部から製造業中心に大きく変わりつつあるようだ。
シルクロードといえば、私が大手企業Y社の改善で仕事をともにしたY社幹部のAさんは、数年前、定年で会社を辞めたが、シルクロードから、インドに旅するのが夢であると言っていた。優秀な人なので、中小企業から勧誘があり、定年後もビジネスでの活躍が期待されていたが、何故か、年金暮らしを楽しみ、四国八十八箇所めぐりに行ったりしていた。最後に会ったのは昨年夏なので、今年あたり、もう中国を横断してインドに行っているかもしれない。
2005年から、団塊の世代が定年になる。この人たちは、このように、仕事が多忙でできなかったことを年金でするようになろう。新しい市場が登場するのであろうか。
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