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ノーベル賞選考委員会も味なことをするものである。田中さんのことである。通常、このような科学的な賞をもらう人は、学者である。しかし、田中さんは「田中さん」であり「田中博士」でも「田中教授」でもない。IBMやMITのような国際的に有名な研究機関の人でもない。京都の中堅企業の一研究員である。東北大学出身であるが、一流企業に就職していない。専門は電気であるが、専門外の仕事を企業でやってきた人である。家族も学者家系でないようだ。幼くして、養子になり、それも成長してから知らされたという。
研究が好きで、金銭欲もなく、権力欲もない。結婚も晩婚のようで、まだ、子供もいないようだ。
今、田中さんを「いやし系」の人だと言うが、金銭欲、権力欲でギラギラしていた鈴木宗男議員や道路族などのニュースがよくテレビに出ているので、その正反対の田中さんが登場しただけに、新鮮である。
田中さんの発見は、実験中の失敗が逆に成功のヒントになったという。しかし、科学史では、このような偶然的なことが大きく科学の進歩に貢献しているというのは通説である。
実験をコツコツとして積み上げているだけでは、現在の科学の水準には到達していない。いわゆる帰納法でなく、仮設演繹法である。あるアイデアがひらめき、それを裏付けていくのである。この「ひらめき」が偶然である。田中さんも偶然の失敗の結果から、ある画期的な分析方法のヒラメキを得たのであろう。
発明王エジソンは「発明は、99%のパースピレーション(汗)と1%のインスピレーションから生まれる。」と「ション」に引っ掛けて言ったそうだ。われわれ、俗人は、この99%の努力を忘れるので、エジソンはそれを戒めたのであろう。
役員待遇を断り、平の研究員を好むという田中さんの姿勢は、確かに、通常のサラリーマンにとっては「変人」である。しかし、だからこそ、ノーベル賞をもらえる力があったのかもしれない。
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