ライブドア騒動と耐震偽装
(H18年2月1週号)

1.ライブドア騒動
(1)「超バカの壁」と「金の問題」

1月18日、養老孟司氏の新潮新書版「超バカの壁」の大きな新聞広告が出た。当日、買って、その日に読了。同氏の本は多読しているので、目新しいことは感じられなかった。
その後、ライブドアの捜査がはじまり、ついには23日には堀江氏の逮捕となる。
実は、「超バカの壁」は12章構成だが、その8章目に「金の問題」がある。ここでは、「金で買えないものはない」をテーマにしている。これに対する著者のコメントが数頁続く。これは堀江氏の発言であることは明らか。
養老氏は、「金で買えないものはない」は一つの考えであるから、それはそれでいいが、現実は別であるとしている。それには、金で買えないものをあげればいい。ヤンキースは買えるが、自分が4番バッターになることはなかなか買えない。
学者は「頭の中がすべてだ」と思う人も出る。極端に分業すると偏った人が出来る。氏は、宗教が常にそれを訂正してきたという。しかし、宗教の勢いが弱くなったことと、こういう人が出てくることとは無縁でないという。「何々がすべて」という考え方は大方怪しいと思ったほうがよいとしている。堀江氏の逮捕を予告したような内容だ。「金で買えないものはない」というのは、「僕にとってはお金が大事だ」と言っているだけのことだと氏はいう。

(2)一種の「ねじれ」現象
それにしても、今まで、堀江氏を時代の先駆者として持ち上げていた人々が、「裏切られた」ように言ったり、今更のように、「彼はひどい奴だ」と言ったりするのは、違和感を覚える。
民主党も選挙のとき、堀江氏を候補者として考えたらしい。金で汚れ、選挙で返り咲いたある自民党議員は、堀江氏の選挙応援した党幹部を批判している。自分は金で汚れた過去があったのは知らん顔である。そんな金で汚れた議員に比較したら、プロ野球問題フジテレビ問題での若い彼が与えた社会的な影響のほうがまだましである。どの政党も人気者やタレントを候補者として選ぶのは過去よくやってきた手法ではないか。マスコミも時代の寵児として盛り上げたではないか。自分は全く無責任だというらしい。

(3)「ねじれ」に弱い日本的現象
太平洋戦争に負けたら、突然、軍国主義から民主主義に平気で意見が変わり、昔から軍国主義反対のような顔をする。節度がないのは、この国の文化的特徴か。「すべて、戦前は悪かった」としてしまった。その反動が無宗教のホリエモンを生んだのだろう。
文芸評論家の加藤典洋氏は「日本の無思想」(平凡社新書)で、「踏み絵」はキリシタン経験者のアイデアであろうという。一般の日本人は、世間の動きを見て、心はキリストを信じていても、行動は「絵を踏む」。行動や言うことはころころ変わる。だから「踏み絵」では本心は分からないと思っている。しかし、真の宗教信者は、発言も行動も一致だ。だから、それを知っているのは、キリシタン経験者であり「踏み絵」のアイデアが出たというのである。それが欧米的な「宗教」、「思想」である。「踏み絵」を踏むのは金で買えない。
小泉首相は、今国会の施政方針演説で、幕末の吉田松陰の言葉を引用して「信ずることを行うには、塵芥になることを恐れない」というようなことを言ったという。これも金で買えない。
それにしても、東大で起業し、一時成功した人は、終わりがよくないことが多い。いずれも虚業であるが、高利貸し・光クラブの山崎氏(1949年自殺)、リクルートの江副氏(2003年贈賄罪確定)などがいる。堀江氏のことも心配していたが、あたってしまった(このホームページの息抜きコーナーの1.の「ライブドア問題とマツケンサンバ:H17年3月3週号」参照)。堀江氏に、今年は良い年になると占った細木数子の予言は当たらなかった。

(4)検査機関強化の騒音
ライブドアの粉飾会計で、また、国の検査強化が騒々しい。これに対して、27日の報道ステーションで、一橋大学院佐山教授が、それよりも、会計事務所を交替するように義務づけ、自浄力を強化すべきであるというのは卓見である。「品質は検査でなく、工程で作られる」という発想と同じである。

2.耐震偽装と予算委員会
(1)馬渕議員の勇み足?

1月26日の予算委員会のNHKテレビ中継の後半を見た。耐震偽装問題で内河総研のシカショ・メモをクローズアップして、一躍、マスコミの寵児なった民主党の馬渕議員が質問していた。安部官房長官の疑惑でも質問した。しかし、この質問は、過去の同議員の鋭い追及に比較すると、レベルの低さを感じた。同議員は「小嶋社長が言っているので私が言っているのではない。」と言いながら、言うことがくるくる変わる小嶋社長の軽い発言を予算委員会で大きくとりあげるのは、どうも論理が一貫しない。小嶋社長は石原都知事にも助力を要求したなど、その場その場でいい加減な発言をする人であることは明らか。
質問するとすれば、「小嶋社長は、誰の紹介で飯塚秘書に面会に来て、飯塚秘書はどのような依頼を受け、どのような処理をしたのか。」に絞ればよいはずである。小嶋社長が安部氏の後援会の会員であったかどうかは、予算委員会の質問前に簡単な調査で、すぐ分かることであり、貴重な予算委員会の時間の無駄である。それまでの馬渕議員らしくなかった。

(2)コストダウンの無理解
同じ予算委員会で、驚いたのは、その後の共産党議員による質問だ。コストダウン要求が安全をおろそかにした、それは小泉首相の経済の競争促進によるものだという趣旨の質問だ。当然、小泉首相は「コストダウンは今後も必要だし、そのために競争は不可避だ。」と答弁した。これは歴史的な常識である。
このとき、小泉首相は、さらに「例えば、電気、自動車など、世界的な競争にさらされた製造業は、品質向上とコストダウンを同時に達成できたから、今日の日本がある。JRや建設業界など、社会主義的な環境で育った業界は遅れている。」くらいの発言をしてもらいたかった。