脳内汚染・その2
(H18年4月1週号)

3月26日(日)のフジテレビの報道2001の番組で、脳内汚染が取り上げられ、「脳内汚染」の著者の岡田氏が出演していた(このホームページの息抜きコーナーの「脳内汚染:H18年3月4週号」参照)。文部科学大臣も参加していた。名前は忘れたが、もう1人、岡田氏の意見に8割くらい賛成だが、ゲームなどにもよい効果があるという評論家も参加していた。
岡田氏も異常な少年犯罪のすべてが、ゲームなどの弊害によるものであるという意見ではなく、これらの新しいマスメデアの弊害を自覚して対応すべきであると強調していた。これは参加者全員同じ意見であった。

私の中学高校時代は、映画が新しいメデアとして登場した。映画全盛時代である。毎週、新しい映画が映画館で上映される。特にアメリカ映画やフランス映画が新鮮であった。入れ替えがないから、3回連続で見ることがあった。そのときは、映画館にほぼ、1日いることになる。しかし、私は、本はよく読んだし、スポーツもよくした。だから、映画は弊害よりも、外国の文化を知るというプラスになったと思うが、中には、映画館に行って、映画を見ないで非行に走る学生もいた。

映画とゲームが基本的に異なるのは、ゲームは、画像に対応して体(指、腕)を反応させることである。映画は視覚型である。だから、ゲームのほうがはるかに脳の影響を受けやすいだろう。それに、かっての映画は映画館の上映時間の制約がある。テレビやゲームはそれがない。放任すると入り浸りになりやすい。

戸塚滝登氏の「コンピュータが連れてきた子供たち」(このホームページの息抜きコーナーの「脳内汚染:H18年3月4週号」参照)によると、最近、医学の測定技術の向上で分かったことは、胎児で5ヶ月くらいになると、脳細胞が急激に増加することであるという。その理由が分からないが、先に聴覚が発達するのではないかという。そうすると胎教でクラシック音楽を聞かせると良いというのは、科学的根拠があるようだ。そうなると、妊娠している母親がパチンコばかりやっていると、その音が影響するかもしれない。テレビばかり見ているとテレビの映像でなく、コマーシャル音が影響するかもしれない。だから、哀愁を帯びた日本の子守唄にテレビ時代の子供は嫌悪感を示すのではないか(このホームページの息抜きコーナーの「5.娯楽・スポーツ・映画・読書の「歌心:H17年11月2週号」参照)。こわいものである。演歌の将来は大丈夫か。

このテレビ番組では、この脳内汚染の前に、子供の教育論をやっていたが、子供への対応で、どれが正しい対応かを選択するクイズがあった。ところが、レギュラー出演者の竹村健一氏が「そんな選択問題を出すことすらおかしい。」と相手にしなかった。氏の考えはこのホームページの息抜きコーナーの1.一般の社会問題・文化・習慣の「生まれか育ちか:H16年11月3週号」でとりあげたNHKブックスの「人間の本性を考える(英語の題名はThe Blank slate)」の考えに近いようである。この本ではインドの話をとりあげている。1950年代に、インドの僻地の村に住んでいたある女性に、子供にどんな人間になってもらいたいと思っているかと聞いた。彼女は、肩をすくめて「それはこの子の運命で、私が望むことではありません」と答えたという。
東大、大蔵官僚というエリートコースを歩いた永田議員の運命はまさにその通りである。