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以前、確か、鈴木孝夫教授の岩波新書で読んだことだが、日本人は、虹は七色だというが、ドイツ人は五色であるという。また、英語の唇(lips)と日本語の「クチビル」はどうもピッタリ一致しないようで、英語のクチビルは、日本人の「鼻の下」まで含まれるらしいとのこと。象の長い鼻はlong
nose でなく、trunk などという。その他、多くの興味あることが書いてあった。そして、それぞれの文化的な背景が異なることが示されていた。
岩波新書でベストセラーとなった「日本語練習帳」の著者である大野晋教授が最近、同じ岩波新書で最近「日本語の教室」という本を出された。
この息抜きコーナーの表題の「東京へ行く」と「東京に行く」の違いはこの本の最初に出てくることである。
結論的には、「東京へ行く」は「移動・移行の方向のとき」に用い、「東京に行く」は「動作の帰着点をきちんと示したいとき」に用いる。
だから、教授の言うように「球を庭へ投げる」は「球を庭の方へ向かって投げる」ことで、「球を庭に投げる」は「球の落ちて着く場所が庭」ということになる。
「故郷を捨てて東京へ行く。」ではなく、「故郷を捨てて東京に行く。」である。
このように分析すると、われわれは自然と無意識のうちに使い分けていることになる。
文化というものは、長い歴史の産物であるが、とかく、われわれは身近なので忘れやすい。
最近、日本語を見直すニュースや本が多いが、それは、国際化の大きな動きと並行しているようだ。真の国際化は、日本人にとっては、日本文化をもう一度よく知ることであろう。
戦後、あまりにも、日本人は、敗戦の反動から、2千年にわたる伝統を忘れる教育を受けてきたようだ。反省のときがきている。
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