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都心から少しはずれた私鉄のある駅前の小さなスナックに、カジュアルな服装でよく来る中年の常連客がいた。なんとなく風格があった。一人で来て、カラオケである曲をうまく歌って、その一曲を歌うと帰っていった。この客は、よく店で会ったが、いつも、その曲しか歌わなかった。よい曲であったので覚えたいと思った。
その曲が、「夜の銀狐」である。聞いているうちにこっちも自然に覚えた。覚えたら歌いたくなる。そこで、そのスナックに行ったとき、その客が来ないうちに、こっちが歌った。そうしないと「持ち歌」を奪って失礼になるからである。あるとき、歌おうとしてレーザーに予約したら、その中年客が来たのであわてて消した。
聞くところによると、この客は駅前の大きなパチンコ屋の経営者だとのことであった。
あるとき、私のコンサルティングの実習に中国から2人来た。一人は大学の助教授で、40歳台であるが、日本語はおぼつかなかった。もう1人は、20歳台で日本語はペラペラであった。2人をつれて、カラオケ紹介ということで、このスナックに行った。20歳台の中国人は、カラオケの経験があり、画面に出る日本語を中国語に訳しながら、きれいな中国語で歌った。丁度、このとき、この中年の客が来ていた。2人が中国人であるのを知ると、なつかしがり、「ママ、この人たちにボトルを提供してくれ。」となった。そして、簡単な身の上話をした。この客は、中国で幼いときに暮らしたことがあり、第2次大戦のときに、敗戦で引き揚げてきた。多少、韓国系の血も混じっているという。
初めて、この客の人生を知った。
ただ、彼が何故、「夜の銀狐」しか歌わないのか、その理由は聞けなかった。
スナックは、いつも混んでいて、利益をあげ、その後、駅前から少し引っ込んだところのもっと大きな店に移転した。しかし、移転してから、仕事の関係でその地域には行かなくなったので、そのスナックにも自然に足が遠くなった。
もう、十数年前の話である。
しかし、「夜の銀狐」を聞いたり、歌ったりする度に、その中年客とスナックを思い出す。
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