年賀状の人との再会(H15年3月3週号)

中央自動車工業という会社は大阪2部上場の会社である。ホームページでは、借金ゼロでいち早くデフレ体質を構築した会社として、評価されている。
中ノ島の一等地に初代社長が建てた5階建ての専用ビルがある。初代社長は子供がいないので、現在の福辻社長は大手の取引銀行からスカウトされて、その銀行の重役から天下った。途端に、オイルショックとなり、業界は一挙に、どん底になった。そのとき、コンサルの依頼が産能大学に来て、当時、まだ、研究所にいた私は、コンサルに行くことになった。
分析の結果、私の出した提案は、思い切ったものであったが、社長の決断で、実行された。1年でどん底は脱した。その後、年賀状だけの関係となった。

今年の年賀状に「あいたいものです。」という言葉があった。そのとき、昨年末急逝した坪根教授のことを思い出した。年賀状だけでご無沙汰していた坪根教授が、平成13年の年賀状に「あいたいですね。」とあったのに、若い彼のことなので急がなくてもと思っていたら、昨年末、60歳の急逝である。
後悔していたので、福辻社長の場合にも、この後悔を繰り返したくなく、連絡した。仕事のついでに久しぶりに中ノ島ビルに立ち寄り、17年ぶりに再会した。経営は、無借金経営となり、バブル時代に、土地も株投資もなしですすみ、退職金制度もなし、株の持ち合いもなし、という完全にデフレ対応の体質になっていた。
しかし、私より10歳年上で、「日経ビジネス」に年をとった経営者として、批判されたせいか、すでに後輩にバトンタッチすることを考えていた。
しかし、驚いたことに、私よりタフで、日本全国の営業所をまわっていた。
私が20年前にコンサルをしていたときのプロジェクトチームの若手は、今は重役陣に並んでいた。
この福辻社長はカラオケ名人であり、私はコンサルのときの付き合いで、この人からカラオケを学んだのであるが、再会したときは、すでに夜の付き合いは健康上、やめているとのことであった。
昼食に名物のてんぷらを食し、午後、社用車で新大阪まで送ってもらった。

もう、お互いに年なので、次の再会は何時になるであろうか。