| 最近、早朝、出かけようとして、ネクタイを締めようとしたら、突然、その順序が分からなくなった。ISO9001:2000の現場審査で、現場の作業のベテランが、当たり前にやっていた作業の論理的な説明を、生涯初めて、審査員に求められ、あがって答えられないと同じであると思った。たまたま、息子がいたので、呼んで、ネクタイ締めの実演をしてもらったが、私の締め方と違う。なんとかそれを見ながら、ネクタイを締めることができ、指定列車には間に合った。
ぼけの前兆かと心配になったので、その日は、仕事から帰ってから、恐る恐る、再度締めてみた。ところが、今度はいつものように、すらすらと手が自然に動き、簡単にネクタイを締めることができた。早朝、急いであせっていたのと、睡眠不足が原因のようだ。
私は、昔、就職するとき、小学館の百科事典にネクタイの締め方がいろいろ書いてあったので、そのうち、簡単なやり方を覚えた。それ以後、おそらく、1万回近く、無意識のうちに手が動いて、締めてきている。それが、この日、突然、無意識に手が動かず、理屈で考えようとしたが復元できなかったのである。百科事典は、とうの昔に古本屋に売っていて手元にない。
毎日、無意識にしていることを、あるとき、論理だって記憶を起こそうとすると混乱するということがある。簡単な例であるが、家の戸締りや車をロックした明確な記憶がなく、不安になることがある。そして、戻って確認するときちんと戸締りやロックしていることが多い。
そこで、書類屋さんはチェックシートを登場させる。ネクタイ締めは5工程くらいあるので、5項目のチェックシートになろう。しかし、こういう連続的な作業はチェックシートに適していない。何故なら、1工程づつ、チェックできないので、5工程完了してから、一度に5工程のチェックマークをするからだ。無事にネクタイが締まった後なので、つける意味がない。
買い物のメモなら、最後にかごにある品物を再度、メモでチェックできる。すなわち、チェックできる実体がある。しかし、ネクタイ締めのような連続作業の場合、プロセスの作業行動の実体は消えていき、実体は締めたネクタイが残るだけである。
機械設備の点検なども、一連の流れで機械のチェックをし、後でまとめてチェックシートにつける場合は、記憶でつけている例で、このネクタイ締めのチェックと同じである。
私のネクタイ締めの手順忘れが1万回に1回しか発生しないように、身についていることは、ほとんど、無意識に正確にしているので、チェックシートがわずらわしくなるだろう。1万回に1回のために、9,999回の問題ないというチェックになる。しかし、今後、チェックしなくても、おそらく、もう、死ぬまで再発することはないであろう。
人間の心理には、生きていくために、効率(損得)という身についた自然の判断があるために、無駄なチェックシートをつけるのが馬鹿らしくなり、付け忘れが出る。会社だと怒られるから、後からまとめてつけたり、形式だけになり、東電の点検報告のように、改ざんが発生したりする。目的が、異常の防止でなく、書類の形式を揃えることになる。そして、本来、チェックすべきことを見失う。
牛肉のニセ表示も、きちんと表示の形式は守っていたのである。適合の品質の特徴である。
今回のネクタイ締め忘れのように、仕事はあせるとポカをやる。ある手作業の工場で、顧客である親工場がカンバン・システム導入に失敗し、その結果、朝一番で、その日の夕方出荷せよというオーダーが増えた。やはり、あせるのか、不良が増えた。親工場の品証部の人が来て、「こんな単純な手作業なのに、なんで、不良を出すのだろう。」と言い、例のごとく、文書を増やした。それは、壁に、全員のデジカメ顔写真を貼り、その横に個人目標を手書きで書いてあった。その作業場の壁は壮観であった。個人目標は皆、「注意します。」式で似ていた。これでは、不良は減らないであろう。それより、カンバン・システムを正しい方法に改善したほうが効果的である。
デミングは、その14原則の11番目で、「スローガンや標語を廃止せよ」と言っている。そして「標語は、従業員への押し付けとなりやすい。それは本来、管理者が行うことである。標語は敵対関係しか生み出さない。品質の低さや生産性の低い原因の大半は、システムにあり、労働者にない。」と言っている。
しかし、親工場の品証部の人にそういうシステム的な発想はないことは、この壮大な顔写真の壁で分かる。コッケイですらある。
人間心理に無関心なシステムは失敗する。その点、トヨタのポカヨケの発想は、人間心理を配慮していて合理的である。
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