2年半ぶりのカラオケ (H15年7月3週号)

福井駅に土曜の夜7時半についた。もう、新幹線の工事がかなり進んでいる。
明日は日曜でゆっくりできるので、気分転換にと思って、8時頃、ホテルの近くのスナックに出かけた。そこは、2年半ほど前に仕事で来たとき、福井のK社長と数回行ったところである。中年の男性客が1人いた。中年のママさんは、女優の中野良子に似た人である。私の顔をすぐに思い出さなかった。「どなたの関係でしたか」と聞かれたので「K社長と来たことがある。」と言ったら「ああ、西沢先生ですね。」とすぐに名前が出た。

すぐに、私がそのスナックで歌ったリストを出してきた。ワープロできれいに清書され、パウチされていた。タイトルは「西沢先生カラオケリスト」であった。28曲あった。このリストは、2年半程前に来たとき、女子プロレスみたいに体格のよかった若いホステスが手書きで「記録」を書いていた。ワープロで清書したとは知らなかった。K社長のものもあった。リストを作ったのは、選曲するときに、厚いブックを見ないですむためのアイデアであった。
しかし、その若いホステスは3月でやめたという。景気が悪いことと、人件費が高くなったせいだとのこと。

「Kさんは、その後、あまり来なくなったので、ボトルが空かないのよ。使っていいですよ。」とK社長のボトルを出してきた。なるほど、ほとんど飲んでいない。「Kさんに連絡してみます。」とママさんが携帯に電話したが、留守録であった。しかし、すぐ折り返し電話がかかってきた。K社長であった。「すぐ行きますよ。」という電話であった。

20分くらいして、背広姿にネクタイをしたK社長が来た。小柄だが、肥っていて、豪放磊落である。久しぶりの握手である。家でテレビを見ながら、サウナにでも行こうかなと思い、思案中に、電話がかかってきたという。もう数分遅れていたら、サウナに行っていて連絡がとれなかったろうということであった。

ネクタイがしゃれていたが、K社長は「これは誰かからのもらいものだ。」と言ったら、ママが怒った。何故なら、それはママが昔、プレゼントしたものだという。K社長は「いや、不思議なこともあるな。ネクタイがたまって百数十本ほどになったので、10本ほど、気に入ったのを残し、後は捨てた。そして、今、急に出てきたので、その10本の中からさっと選んだのがこのネクタイだよ。それがママさんのプレゼントのネクタイとは----」と驚いていた。

K社長はカラオケ好きである。業界の規格作りで日本全国をまわり、スナックでカラオケである。「しかし、福井のスナックのセット料金は高い。銀座並みの店が多い。それはホステスの人件費が高いからだ。」と社長が言う。ママさんは「うちは良心的なのよ。」という。

最初いた中年の男性客は、K社長と入れ替わるようにして帰っていったが、その後は誰も客は来ず、貸切りのようになってしまった。外は、梅雨どきの小雨である。

久しぶりなので、しゃべったり、食ったり、飲んだり、カラオケしたりで、それぞれ10曲くらい歌って、11時半となる。ここのレーザーカラオケは、画面が曲とリンクしていない。その分、レンタル料が安いとのこと。しかし、得点が出る。K社長は負けん気であるが残念ながら、点数は私のほうが平均的に高く出た。トリは私の「旅の終わりに」であった。

ホテル前で私が先にタクシーから降りた。K社長は「福井にきたら、絶対、連絡をしてください。」と言って、そのままタクシーに乗って帰って行った。

K社長は来週から中国の上海から南にかけて長期出張であるという。現状維持はすでに敗北であるといって常に新しいアイデアで行動的な人である。彼は奥さんと2人で今の会社を始め、今、二十人くらいとなっている。久しぶりにそのエネルギーをもらうことができた。