| 静岡の社員80人くらいのW社が、10月にISO9001:2000とISO14001:1996をワンマニュアルで同時取得し、その幹部慰労会が倉真(くらみ)温泉・真砂館で、泊り込みで行われた。
この温泉は、東海道新幹線の掛川駅から、車で山奥に約20分入ったところで、近くで第2東名高速の工事が行われている。
お湯は透明なアルカリ泉のようで、肌がつるつるする。この旅館は、明治27年創業とのことである。今の女将は、60才代で偉丈夫であるが、顔は観音さんのようにふくよかである。朝食のとき、この近くにある「百観音」の由来を説明してくれる。
話は、明治27年の日清戦争のことから始まる。私が、子供のときに習った歴史教科書では、明治二十七・八年戦役と言っていたので、年をよく覚えている。このとき、この地元の僧侶が出征する兵士の無事帰還を祈って、多くの石仏を作ったという。その御利益か、全員無事に帰ったという。十年たって、明治三十七年に日露戦争になる。これも昔、明治三十七・八年戦役と言っていたことがある。このときもこの石像の御利益で、出征した人は無事に帰ったという。それから、お願いをすれば、御利益があると言うことで有名になったという。
しかし、太平洋戦争では、御利益がなかったようで、いつか、さびれるが、昭和57年に「百観音」として、NHKテレビで紹介されたりしてから、また、有名になったと言う。そのとき作った「百観音」の歌もある。その間、ふらりと訪れた名僧の話、画家の話、百観音まで誘導する犬の話など、話題はつきなかった。
W社がISOの慰労会をしたとき、他に客は4名で、W社は、私を含め16名だったので、ほとんど、貸切のような状態であった。夕食は、近くでとれたという野生の猪の、肉のすきやきであった。
周りは、何もない山奥なので、2次会は、離れの大きなカラオケルームで3時間ほど行われた。良くマネジメントされ、マイクを離さないという人はいなかった。皆、歌いなれていた。私は、久し振りのカラオケで、「祝い酒」「港町・涙町・別町」「風雪子守唄」「小指の思い出」を歌い、最後に敬意を表していただき、トリということで、「愛傷歌」を歌った。この歌は、昔、紅白歌合戦で、森昌子がトリで歌った曲で、別れの歌である。
現場第一線の若手中心で、スリムなISOなので、準備で、土曜出勤はあったが、徹夜はなく、審査では審査員と対等に接して取得したので、明るく楽しい慰労会であった。 |