| 最近、あるテレビバラエティを見ていたら、ある中年の女優が、愛犬に朝食を与えるとき、呼びかけようとして、その名前を忘れたという話をしていた。その愛犬には長年、毎朝、食事を与えており、その都度、その名前を呼んできたのである。あわてて、息子に電話したという。
私も、ある朝、50年くらいやってきたネクタイの締め方をある瞬間、忘れた経験があるので興味をもって見た。
これは、年とともに記憶力が減退するというのとは異なるようだ。中高年にこういう現象が多いというのは、それだけ繰返し回数が多くなっているから、経験できるのだろう。
こういうのを度忘れというのだろうか。多数回繰り返しているうちに、ふと発生する物忘れである。長年の慣れは、忘れるという危険性を裏腹に持っているものなのだろう。
大ベストセラーの「バカの壁」の著者である養老教授は、一度、一過性の記憶喪失になったそうである。スキー場に行ったとき、インストラクターに質問したら、「同じ質問を何べんもしていますよ。」と言われたという。そして、ゲレンデから、部屋に戻った間の記憶がなく、いつのまにか部屋にいる。それを奥さんに言うと「あなたは、そのことを何べんも言っていますよ。」と言われたという。
同教授の同僚で、学会の司会をした人が、司会をしたという記憶がなく、後で、心配で確認したという。これも一過性の記憶喪失である。
この際、ゲレンデから部屋に戻ったり、司会をしたりする行動は、キチンと正常にしているのである。しかし、記憶がないのである。ひどいときは、一日分の記憶がなくなる人もあるという。これは、頻発することはなく、ボケと違うという。
しかし、この記憶のない時間は、その人の人生として存在しない時間になる。結局、人生とは記憶である。だから、できるだけ、写真にとっておくのはよいことかもしれない?
そういえば、ときどき、記憶喪失する男が、自己防衛的に、やたらに写真をとるという外国映画があった。
ボケの前兆の記憶忘れは、これと異なり、古い記憶を忘れるのでなく、新しい記憶を忘れ、かつ、その頻度が多いという。逆に古い記憶は鮮明であるらしい。
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