今年の4月2日は金曜日なので、休日の花見は、3日(土)か、4日(日)であった。しかし、天気予報では3日は晴天であるが、4日は雨だということで、3日の土曜が花見となった。
3日に近所の自然公園に行った。ここは、30年位前にできた比較的新しい自然公園なので、桜の本数は多いが、まだ、大木はない。しかし、満開である。人もかなり出ていた。皆、木の下にビニールを敷き、何かを食べている。風が少しあり、雪のように花びらが舞う。
4日の日曜日は、天気予報が見事にあたり、雨となった。
5日、6日、7日と静岡地方に行く。3日とも、また、晴天となった。車窓から、ところどころに見える桜並木などは、まだ、満開である。その色合い、匂い、華やかさは、やはり、日本の花は桜であることをしみじみと痛感する。
だから、桜の花見は、その意味で、国民的な行事である。昔から花見は日本人の国民的な行事であったのであろう。秀吉の吉野山の千本桜は有名である。壮大な花見であったであろう。十年位前に、仕事のついでに、満開の吉野山に行ったことがある。
庶民も、それぞれ花見を楽しんであろう。
40年くらい前であろうか。駅で桜の苗木を無料で配布していたので、もらって、家の狭い庭の隅に植えた。どんどん、大きくなり、満開のときはすばらしかった。しかし、根が次第に張り出し、家の床下に入りそうになり、植木屋に注意され、冬になって泣き泣き、切り倒したことがある。桜の木の生長はすごいことを体験した。
江戸時代の落語に「花見酒」というのがある。これは、経済学者やエコノミストがよく例に出す落語である。熊さんと八さんが、花見でもうけようと酒のたるをかついで、花見会場まで運ぶ。途中で、熊さんは酒を飲みたくなり、一文、金を八さんに払って飲む。ところが今度は八さんが飲みたくなり、その一文を熊さんに払い、飲む。これを繰返しているうちに、花見の会場につく間に、2人で酒を飲みつくし、残ったのは一文だけという話である。
この場合、最初の熊さんが八さんに払ったのは、八さんの所有でなく、2人の会社(法人)の入金である。だから、次に八さんが飲むときは、この金は使えない。
戦後の高度成長時代の経済を「花見酒経済」と言った有名な経済学者がいた。これは、この金と物(酒)との関係を説明に使いたかったのであろう。 |