医者の選択
(H16年7月3週号)

「バカの壁」の著者の養老教授の母親は、開業医であった。その母親は「一人前の医者になるには、百人くらい、患者を殺さないといけない。」と言っていたという。教授が大学の同級生のほとんどが医者になったのに、解剖学で大学に残った1つの原因としてこれがあったようである。

オーム・サリン事件の林被告の父親も開業医であった。林被告は、子供のときに毎月、保険の請求書の整理を手伝ったという。そして、その請求書に判を押すたびに、父が患者の命を救ったのだと誇りに思ったという。
当然、林被告は、治療医の道を選び、心臓外科では名医となり、多くの患者を救うことになる。
その彼が、最後はサリンで殺人をしてしまうというのは、悲劇である。

両者とも、医者を親に持ち、その影響か、医学の道に進んだのだが、どこかの岐路で、大きく分かれている。
結果論であるが、どうも、林被告のほうが理想的でありすぎたような気がする。養老教授のほうがさめていたようである。それはやはり、敗戦後、教科書に墨を塗った教授の敗戦トラウマのせいであろうか。容易に理想主義者になれない心理である。

イプセンの「女の一生」だろうか。「人生は思ったほどよくもなく、悪くもない。」のであろう。