日曜日のさんまのからくりテレビで、外国人が日本語でいろいろ挑戦するコーナーがある。
なれない日本語を使うのがユーモラスであり、笑いを誘う。
しかし、笑えない例もある。
以前、ある出版機関から企業向けの生産に関する英語パンフレットの専門的なチェックの依頼を受けた。翻訳はある翻訳会社に所属している若いアメリカ人がしたという。もちろん、翻訳料を支払ってやってもらったのである。訳した英文を読んだら、意味が分からない箇所がたくさん出てきた。
例えば、「作業者は、工場見学に来た人に、機械のことを聞かれたら答えなくてよい。」という意味の英語の文章があった。何故、答えなくていいのか、理屈に合わない。原因はすぐに分かった。
もとの日本文は「作業者は、工場見学に来た人に、『機密』のことを聞かれたら答えなくてよい。」であった。彼は「機密」を「機械」と読み違えたのである。さんまのテレビ番組を見るように思わず笑ってしまった。
こういう初歩的なミスが多いので、金を払う仕事だけに、笑いだけで済まされなくなった。
翻訳の会社に問い合わせたら、彼は道元の研究者なので信頼していたという。
彼に直接会った。彼の日本語の経歴を聞いた。やはり、彼は道元を研究するために日本に来たという。彼に「あなたは道元の『正法眼蔵』を全部読んだのか。」と聞いたら、うすペッらな新書版の道元の解説書を一冊読んだだけであった。
私は、幼稚なエラーを数多く指摘した。すると、彼は「一々、文句を言われることは不愉快だ。もっと自由に訳させてくれないか。」と逆に翻訳会社に苦情を言ったという。文学書ではないのである。
結局、翻訳会社は彼の翻訳を断った。彼はしばらくしてアメリカに帰ったという。
自由と責任を分離して、自由を要求して、責任をとらない発想は、日本人だけでないようだ。
日本では、ドイツ語では有名な大学教授がいた。その人があるエッセイで書いていたが、普通のインテリのドイツ人のほうが、その教授よりも、数倍読書速度が速いという。 |