人事考課
(H16年9月4週号)

1.人事考課制度の必要性と問題点
会社を運営するからには、仕事がよくできる従業員には、報酬などで報いたい。それは組織の活動を効率化するだろうという考えは、当然である。しかし、仕事がよくできるという個人の評価が難しい。人が人を評価するからである。
これをできるだけ、公正にやろうとして、人事考課制度がうまれるが、人の評価の困難さは簡単に解決しない。下手をすると、従業員のやる気をなくす。

2.30項目の人事評価項目
私が30年位前に産能大学の研究所にいた頃、いろいろな専門家がいたが、その中で、人事考課制度の専門家K氏がいた。彼のコンサルの仕事は、企業の人事部中心に、人事考課制度を改善することであった。
あるとき、コンサルティングで同じS社に行くことになった。私は現場改善担当、彼は人事考課制度の改善担当であった。そのときに人事考課のやり方を彼に聞いたら、30項目くらいの評価項目があるのだという。大変な作業である。ところが、雑談をしていると「あの課長はよくない。」と彼が言うので、理由を聞くと「書類を書くときの姿勢が良くない。」と直感的なことをいう。矛盾しているのである。
私は、彼に言った。「私は改善を助けてもらう企業技術スタッフの評価は3段階しかない。一流の技術者は難しい問題の本質を簡単に説明する。二流の技術者は、難しいことは難しく、簡単なことは簡単に説明する。三流の技術者は簡単なことも難しく説明する。それだけだ。」

3.改善の推進
その会社で、20%の高い不良率のラインがあった。長い間問題になっていたが、改善が進まない。私は担当の技術リーダーに原因を聞いた。彼は「この原因は難しい。ある不良を直そうとすると、他の不良が出る。われわれは、これを風船球不良と言っている。一箇所を直そうとすると、他にしわ寄せが行き、総体が変わらないのです。」とわけの分からないことを言った。私は、このリーダーが、不良品が長い間へらない原因になっているとわかった。しかし、言い訳はうまいのか、K氏によると人事考課はよかった。
私は、このラインの改善技術スタッフとして別な部門から技術者二名もらい、この担当リーダーはプロジェクトに入れなかった。
私は二人に言った。「この組立は、2つの部品A、Bしかない。良品のAと良品のBを正しい冶具で組めば、良品になるはずだ。そこで、2つの部品の良品規格を作り、組立冶具の精度を確認し、2つの良品の部品で100台の試作をしてもらいたい。」と言った。
二人は、その計画を立て、その工程の技術担当や現場リーダーに協力してもらうための説明会を開いた。ところが、1時間程度の説明会で、最初、10人くらいいたその現場関係者が、途中で席を離れ、最後は誰もいなくなったという。他部門から来たメンバーに対する非協力を示す行動であった。
しかし、二人は、よくやった。実験計画法など使い、2つの部品の規格を作り、100台分の部品を用意した。いよいよ、最後の100台の組立試作となった。二人のうちの一人が最終検査をした。10台、20台と検査するが不良品が出ない。80台まできた。まだ、不良はゼロであった。ふだん、20%台の不良が出るのだから、そろそろ出てもいいはずだ。その頃から、検査して、記録をとっている彼のデータを取る手が興奮で震えだしたという。そして、100台全部合格となった。
これで、組立の問題は一挙に解決した。次に部品A、Bを決めた規格通り、ばらつきなく作るという問題に絞られ、改善が着実に進んだ。

4.Y社の例
これも20年ほど前の話だ。Y社の改善に行った。その専務は内橋克人氏の「匠の時代」にも登場した人でもあった。専務はある工場で2年ほどかかり半田付け不良をほとんどなくした改善例を説明し、その担当者を読んだ。
専務は、その工場の改善に、二名の専属技術者を選んだ。それは他の工場からであった。専務はその工場の言い訳ばかり言う幹部の姿勢に見切りをつけていた。
二名は「われわれが、現場に入っても、工場長や現場幹部は、非協力的でした。むしろ、協力的であったのは、現場の第一線作業者でした。二年間、二人での孤独な試行錯誤の連続でした。しかし、20名いた修理人員が、最後に二名になり、品質が画期的に向上したときの感激は一生忘れることはありません。」
そして、二年間の膨大な討議の記録が入った段ボール数箱を示した。

この人たちの人事考課は、試行錯誤の二年間はよくなかったであろう。しかし、彼らには使命感があった。

日本のこの時代の物つくりのすばらしさの根底には、このようなプロジェクトXよりも底辺の技術者(メタルカラー)の地味ではあるが感激的な活動があった。

現代は、それらの過去のプロジェクトXをTV化したプロデューサーが立派な家を建てたといううわさが立つ時代となっているようだ。かって、ヤクザにも仁義があり、テロリストにも子供は避けるという心情があった。最近ではそれもない。人生が軽く、いやしくなった。こった人事考課のせいか。あるいは都市化のせいか。