絶えることのない鵜の大群
(H16年10月2週号)

作家の開高健は、釣りが好きで、世界をまわり、その旅行記を書いている。氏は、魚は釣っても、また、水に返す。食べない。
二十年位前に、その旅行記の一つである「もっと広く!」を読んだ。これは釣りをしながら南米を縦断する旅行記である。上下2冊の文庫本で、写真が豊富である。20年ほど前に読んだ旅行記であるが、今でも鮮明に印象に残っている箇所が一つだけある。

それは、チリーの海岸での釣りの話であるが、次のような時空を超えた風景が描写されている。

最初の朝、礒岩に登り釣りをしながら沖を見たとき、氏は驚く。何千羽、何万羽、数知れぬ鵜の大群が、二,三列の縦隊で、ゆっくりと南下していく。鵜の飛び方はゆっくりである。氏は、その最後尾を見届けようと、釣りをやめ、タバコを何服もすって見ているのだが、ついに根負けして、釣りを始める。釣りの間、ときどき、沖を見るのだが、まだ、南下する群れは続いている。
時間もとまり、風景もとまり、心もとまってしまうくらいの無量であり、大数である。大群は、夕方になると今度は南から北へ、夕陽の中を帰っていく。これが毎日繰り返される。

氏はテントに帰り、地元の人に「すごい。これまでに世界のあちこちを歩いてきたが、こんな鳥の大群を見るのは、初めてだ。すばらしい光景だ。これだけで満足だ。」と言う。
しかし、地元の人は、別に驚かず、以前は、もっと多く、ここ二十年くらいで八割も減ったという。減った原因は、鳥のエサになるイワシの乱獲だという。

イワシは日本でも最近、急に少なくなっていて、安い大衆魚でなくなりつつある。

いずれにせよ、この時空を超えた壮大な自然の流れは、1日中見ていても飽きないであろう。想像を超えた壮大さであろう。これを何日も、ぼんやり見ていたら、文明で汚れた頭が洗われるであろう。最高に贅沢な時間の過ごし方である。

氏の旅行記から、また、二十年たち、この間、氏も六十才を待たずに急死したが、この鵜の大群の流れは、今も続いているのだろうか。見たいものだが、かなうことのない夢である。