JR西日本宝塚線事故
(H17年6月1週号)

1.国会追及の甘さ
(1)直接原因?
TVで偶然、国会中継を見た。JR西日本社長が国会答弁で「過密ダイヤや日勤教育は事故に『直接』関係ない」と言っていた。しかし、JR西日本の事故対策には「過密ダイヤの緩和、日勤教育の見直し」があるという。矛盾する。対策(是正処置)とは事故の「直接」原因を除去することではないのか?国会議員も「直接と間接とはどう違うのか?」「では、直接原因は何か?間接原因は何か?」というさらなる追求がなかった。中身がない。カネミ油事件のようにPCBが原因であると思っていたら30年ほどたってダイオキシンがからんでいたことがわかることもある。それでは遅いから、想定範囲でPCBの防止を迅速にした。想定範囲でよいことは迅速に処置を広げるのが対策の基本ではないのか。

大野耐一氏は「トヨタ生産方式」の中で真因追求の例として機械停止をあげている。「ヒューズがとんだ」「何故か」「過電流が流れたからだ」「何故、流れたのか」と5回WHYを繰り返す。これがトヨタの5Wである。そしてストレーナー(濾過器)がついていないのが真因となる。当然、対策はストレーナーの設置である。ストレーナーを設置しなかったのが直接原因でなく、「ヒューズがとんだ。」のが直接原因なのか?
議員のマネジメントの勉強不足が追求の甘さを生んでいるようだ。

もっとも、今、郵政民営化反対の急先鋒の荒井議員も、数年前、バブル崩壊の日本経済の復活には、ヨーロッパの製造業のセル方式を日本に導入すべきだとテレビで言っていた。セル方式はトヨタがトヨタ生産方式の一環として、30年位前に開発し、それをヨーロッパが学んだことを知らなかったのである。これも議員のマネジメントの勉強不足である。

(2)キャンペーンの質問
管直人議員は、JR西日本の定時運行キャンペーンにふれて質問したが、JR西日本社長が「これは4月はじめに学生や企業の新人が新しく乗車するので、ダイヤの改善のための調査であり、事故のあった週はキャンペーン後なのでしていなかった。」と答えた。
それで管氏の追及は終わりである。「では、その週のキャンペーン結果(データ)はどうであったか?どういう改善をしたのか?すでに問題の兆候があったのではないか?」とさらに聞くべきであった。データではかなりの遅れがあったのかもしれない。ムリがすでに前兆としてあったのかもしれない。しかし、それは運転手の注意力強化に頼ることで放置し、それを改善といっていたのかもしれない。その肝心の追求がない。ここにも議員のマネジメントの理解不足による追求の甘さを感ずる。

2.対応の不可解
事故後の会見では、JR西日本は「この線に新型ATSは前倒しで設置しない。」と言いながら、国土交通大臣が「新型ATSを設置しない限り、運転再開を認めない。」と言ったら翌日あたりから宝塚線にバタバタ新型ATSを設置し始めた。その間、社長は遺族に「申し訳ありません。」と謝罪の巡業である。国交省の指摘前に「遺族のことを考えたら、とりあえず、明日、新型ATSを前倒しで設置せよ。」という社長の自主的な命令こそが最高の謝罪ではなかったのではないだろうか。「過ちをあらためるに、はばかることなかれ」である。

3.高橋運転手の日勤教育の実態
5月21日の読売新聞では、高橋運転手の日勤教育の実態がかなり詳細に報じられている。同運転手は、昨年6月にオーバーランのため13日間の日勤教育を受け、書かされた反省文19回、原稿用紙で計30枚以上という。そして、12月のボーナスでは5万円カットされたという。一体、これは運転技術の向上にどのような関係があるのだろうか?
個人の目標管理とからんだ給与査定が、富士通で崩壊したことを思い出す(このホームページの審査/コンサル経験談コーナーの「4.審査/コンサル一般論」の「目標管理とISO9001:2000:H16年9月4週号」参照)。
5月25日の朝日新聞は、JR西日本の実力者である井出取締役相談役のインタビューを掲載していたが、そこでは「国鉄時代の無責任体制を一掃できなかった。原因は大企業病である。」と言っていた。しかし、経営の歴史上の教訓で、上記のような日勤教育をしていたのでは、無責任になるのは常識ではないか?虚偽の報告をするようになるのは、マネジメントの常識ではないのか?ボーリングも参加しないと人事考課に影響するという。そういうマネジメントシステムを放置していた責任はどこにあるのか?同氏は、相談役をやめ、顧問になるようである。それは無責任ではないのだろうか?
ここで、また、山本五十六の有名な言葉を思い出す。マネジメントの基本である。
やって見せ、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば人は動かじ。

4.脱線危険、全国で2555カーブ
5月27日の朝日新聞夕刊によると宝塚線脱線事故から1ヶ月たって、ようやく全国の主要鉄道会社200社で、速度超過すると脱線事故が予想されるカーブの調査結果が明らかになった。このようなデータは安全マネジメントでは、「リスク評価表」で事前にあるべきものである(5月2週号参照)。1ヶ月もかかって集計すべきものではないだろう。
このうち、155のカーブが制限速度を越えたとき、自動的に非常ブレーキがかかる新型ATSが設置済みであり、残り2400箇所が未設置である。都市圏の私鉄は優秀である。
国土交通省では、手前の直線との速度差が20km以上、半径400メートル未満のカーブでは新型ATSをつけるように義務付けるという。事故を起こした宝塚線のカーブは速度差50km、半径300メートルであるから、この基準によってもかなり危険なカーブである。

5.マネジメント視点の欠落
5月28日の朝日新聞の「私の視点」コラムで、2人の評論家が意見を述べている。桜井氏は、国土交通省の監督責任を追及している。しかし、「順法闘争」(息抜きコーナー・5月4週号参照)の頃から、「安全」と「定時運行」をはかりにかけていた目的と手段の混同は、国鉄時代からの伝統?である。民営化するときに、目的・手段の明確化をして民営化すべきであったろう。JR西日本の年度方針では「1.もうける、2.安全」と書いてあったというが、安全を守ることがもうけるにつながる。並列ではない。安全をはかりにかけて儲けを出すのは「手抜き工事」をして「もうける」と同じであるという意識がない。JR西日本のこの年度方針に対して国交省は、警告すべきであったであろう。その視点がない。
もう1人の財部氏は、「リストラは善」という考えが安全を犠牲にしてまで、JR西日本が3割近いリストラをした原因であると言う。しかし、「手抜き工事」をしてまで、リストラするのは、リストラといわない。競争市場では会社はつぶれる。
日産は今、バリュー・アップ運動をしているが、バリューとは高い品質(安全が含まれている)を維持して、かつ、ムダをなくすことである(5月3週号参照)。だから、日産も一時リストラをやったが、品質は犠牲にしていない。高品質を追求している。そのマネジメント姿勢の違いである。