| 司馬遼太郎は、敗戦のとき20才で関東の佐野の戦車隊にいた。彼は「なんでこんなバカな戦争を日本人はしたのか。日本人は、そんなにバカな民族なのか。」と考えた。それが彼の小説の原点にあると言っている。そして、歴史上の日本人はそんなバカでなかったことを小説にする。
近刊の保坂正康氏の「あの戦争は何だったのか(大人のための歴史教科書)」も同じ発想である。氏の太平洋戦争批判の第一点は目的もあいまいな戦争を3年8ヶ月も続けたのかの説明責任がいまだにないこと、第2点は、当時の指導者には当時の指導の権限を与えられたかもしれないが、「一億玉砕」というような日本の歴史をおかしくするような権限は与えられていなかったことである。氏は、そこに日本の体質を見る。これを司馬遼太郎は、昭和初期は日本史上、異常な狂気に駆られた特殊な時代だと言っている。山本七平氏は「空気」だと言っている。養老孟司氏は「元来思想がないと考えていた国が、あのときに中途半端な思想を持ったのがいけなかった。」という。
保坂の氏の本の帯に塩野七生氏の「天国への道を知る最良の方法は地獄への道を探究することである、とマキアベェッリは言ったが、戦後日本人はそのことをしてこなかった。この本はそれを教えてくれる。」という推薦文がある。戦後教育は、この現代史を避けてきた。
実は、これが靖国問題にからんでいる。国の命令で戦って命を落とす。国はそれをほめたい。これが「顕彰」である。その役割を靖国神社が果たしてきた。一方で戦死者を悼む気持ちもある。「哀悼」である。この顕彰と哀悼という2つの関係が自衛戦争に勝っているときは一体であるが、分けのわからない戦争に負けたため、おかしくなった。
文藝春秋9月特別号を読むうちに、次の2つの質問にぶつかった。
問1.太平洋戦争の戦闘員の戦死者は、陸軍165万人、海軍47万人とされているが、このうち広義の飢餓による死者の比率は、次のどれか?
a. 10% b. 30% c. 50% d. 70%
問2. 同じくこのうち海軍の海没者(海没とは、移動などの途中で輸送船が撃沈されて兵士が死んだことをいう)は18万人、陸軍は?
a. 5万人 b. 18万人 c. 25万人 d. 40万人
答えは、問1はd、問2はbである。
陸軍の死者の大半が餓死であり、陸海軍含め36万人の海没者がいた悲惨な事実は、「顕彰」と「哀悼」を分断してしまう。戦死者は、敗戦間際に集中する。本当にこんなバカな近代戦争を指導した指導幹部はどのような深い反省をしてきたのであろうか。狂気な指導者の命令に従った死者を「顕彰」できるのか。「哀悼」だけではないか。その疑問が敗戦後の靖国問題にある。本来、中国、韓国とは関係ない問題で、日本人自身が抱えた問題である。
その失敗分析を怠ったツケが、今、先進国最大の借金を抱えた日本経済である。談合型日本社会主義であり官僚支配である。優秀なはずの官僚が詭弁で税金の無駄使いを平気でやる。今度の選挙は、その意味で、借金大国の日本が、天国への道をいくのか、地獄への道を行くのか、大きな国民的な選択の場となりそうである。靖国問題同様、深い問題である。「狂気」や「空気」や「中途半端な思想」にまどわされない国民の「知力」が問われる。太平洋戦争はまだ、続いているようだ。今度は、勝つだろうか。それともまた敗戦か。 |