藤沢周平「蝉しぐれ」・山田風太郎「あと千回の晩飯」
(H17年9月2週号)

藤沢周平の「蝉しぐれ」の文庫本を買った。藤沢周平の本を読むのは初めてだ。この文庫本の最後の解説で、ある文芸評論家が「何気なく持って帰り、夜、枕もとに置いて読み出したら、いつの間にか朝になっていた。少年の日のように読んで徹夜してしまったのだ。私は、文芸評論家だから本を読むことにすれっからしであるが、この『蝉しぐれ』はそんなすれっからしを少年の心にかえしてくれた。」と書いていた。べた褒めである。
インターネットで何名かの読者評を見たが、皆、べた褒めである。
徹夜しては問題なので、台風が近づいてきて、雨が1日中降り続く、ある1日、午前から「蝉しぐれ」を読み出した。昼食で一息入れただけで、一気に、夕方までには読み終えた。

久しぶりに感動する小説を読んだ。インターネットでもある読者が書いていたが、読み終わった後のすがすがしさがあった。文章は明快である。特に、日本で今、次第になくなりつつある町並み、町を囲む森、川、田んぼ、山などの描写がすばらしい。
続いて短編集の「たそがれ清兵衛」、「時雨のあと」と読んだ。

何故、この本を読んだかは「日経マスターズ」というシニア向け雑誌に連載の「定年悠々」というコラムの9月号を読んだからである。このコラムは67歳の北連一氏が書いている。氏は、最近「五十歳から読む『徒然草』」を発刊している。
この9月号では氏は「時代小説との縁続く」と題してエッセイを書いていて、そこに藤沢周平の文章が出色であるということが書いてあったのである。それが読むまず「蝉しぐれ」を読む動機になった。

北氏のこのコラムでは、山田風太郎にもふれ、今、氏がもっともはまっているのは、山田風太郎の小説よりもエッセイ集だという。老いを迎えてからの理想的な生き方が書いてあり、風太郎を読むと元気が出るとあった。
そこで紹介されたエッセイ集の中の「あと千回の晩飯」という本の題名にひかれ、これを買って読んだ。読んで驚いた。これはすごい人だと思った。この本は、山田風太郎が72歳のときに書いている。千回の晩飯というと、大体後3年で死ぬまでの晩飯ということになる。そこでインターネットでその後の山田風太郎の情報を求めたら、その評価はものすごく高い。兵庫県に記念館まである。
この本を書いてから、氏はパーキンソン症候群を示す。ふるえはなかったらしいが転倒し、ついには口述筆記となった。平成13年79歳で亡くなった。2千回を越える晩飯となった。
いまわの際に言うべき一大事はなし」。風太郎が愛したその言葉通り、世を去るとき、彼は言葉一つも残さなかったという。大往生を心がけ、その通り亡くなった。
これを機に、山田風太郎の小説に興味持つことになり、最初に「柳生忍法帖」から読み出した。これがまた面白い。

藤沢周平の「蝉しぐれ」は、今年秋に映画となって公開されるという。

この北氏のエッセイから、時代小説に無縁だった私が、両作家と触れ合うチャンスができた。まだ、まだ、知らない興味ある世界はたくさんあるようだ。