| 1. |
P審査機関のひどい予備審査が問題となる |
| 4月はじめ、N社は、最初、P審査機関を選択し、予備審査に臨んだ。選択した理由は審査費用が安いことであった。また、ここは営業と審査員が分離しており、営業は「簡単にとれる。」ということをいうから乗せられたような格好であった。ところが、その審査結果があいまいで、「契約内容の確認」の例でいうと、「5W1Hが明確でない」というようなコメントであった。契約内容の確認には、5つのshallがあるので、どのshallが5W1Hかは理解できなかった。しかも、N社が参考にした「中小企業のためのISO9000:ISO/TC176からの助言」を示すと「TC176とは何か」と質問したという。ISO9000本文を作成した委員会であるから、この審査員はもぐりである。経歴すら示さなかった。相談を受けたので、138のshallにすべて5W1Hがあることを表で示し、反論したが営業が間に入るので、返答が得られない状態であった。 |
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| 2. |
M社のひどい本審査の情報入る |
| そうこうするうちに、4月末に同じP審査機関で本審査を受けた20人足らずのM社情報が入った。審査は審査部長が行ったが、ひどい審査であった。例えば、M社はマネジメント・レビューは年1回であった。ところが、社長が朝礼をするのもマネジメント・レビューであるという。社長はよく朝礼をするので、年100回くらいのマネジメント・レビューとなる。そこの社長は「中小企業のためのISO9000:ISO/TC176からの助言」に年1回あると示したら、その審査部長は「それはミスプリントである。また、その本は審査員の間でも信用がなく、問題となっている本である。」とうそぶく状態であった。これは、ドンででもない審査員で、これがミスプリントなら、発行もとの日本規格協会に問い合わせるまで、審査を中断すべきであった。それだけの腹が社長になかった。この年1回は、英語のannuallyの訳であるので、ミスプリントのはずがない。しかも、全世界のISO参加国の75パーセント以上の多数決で決まっているISO9000−2:1997のガイドラインでもannualが登場する。小企業を馬鹿にした審査員のは典型的なやくざ的なハッタリである。 |
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| 3. |
N社の審査機関の変更の助言 |
| N社のISO9001担当は、P機関の担当の甘言にのせられ、予備審査の回答を確認しないで、本審査を予定していた。担当者にすれば、早くISO9001をとりたいというあせりがあったのであろう。担当者の決断が遅れているので、私は、このN社もM社同様にP審査機関のデタラメ審査の餌食になることを避けるため、経営責任者と直接会い、P審査機関を断るように助言した。経営責任者は理解が早く、即決でP審査機関を断った。本審査の手付まで払っていたが、長年の付き合いを考えたら、安い授業料だとその経営責任者は言った。そして、S審査機関に切り替えた。ISO9001担当者がその機関に申請に行ったら、偉そうな態度がなく、P機関と異なると直感したという。 |
| こうして、10月の審査となったのである。そして、P機関で「5W1Hがない。もっと、書類を作れ。」と言われた同じマニュアルが、S機関では「非常によくできたマニュアルである。」と好評であったという。こうして、N社は、品質マニュアル1冊、管理規定ゼロ、文書番号無し、文書配付台帳無し、QC工程表無し、品質保証体系図無しで、認証を得た。 |
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| 4. |
M社の悲劇 |
| M社はN社よりも小企業であった。ここのマニュアルは、N社のマニュアルのモデルとなったくらいで品質マニュアル1冊で内容もほとんど同じであった。これが本審査でハッタリ審査員から管理規定がないという指摘となり、マニュアル1冊が否定された。これは、最初、社長が、P機関の営業マンに問い合わせたら、問題ないということであった。予備審査でも指摘がなかった。しかし、M社は社長が一貫して審査員に卑屈であった。これが結局、本審査でもろに弱腰になった。4月の審査の後、3ヶ月の保留となり、その間、10の管理規定を作ったという。私は、この管理規定は、近代的な主張のない奴隷管理規定だと評した。 |
| こうして、ISO9001のshallにもない意味のない紙の追加を要求され、社長はそれを反論する姿勢がなく、封建社会の悪代官につかまった百姓のようにしたがった。そこには、近代的なグローバルな審査システムや人間関係は存在しなかった。こうして、最初、同じシステムであったM社とN社が経営責任者の審査機関に対する姿勢から、全く百八十度異なるシステムが認証されることになった。どちらが、経営を守ったかは明きからである。 |
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| 5. |
b)「高度品質システムの構築」(左近祥夫著 通産資料調査会刊)での指摘 |
| この解説書では、この「4.2.2の手順書の範囲と詳しさ」について次のように説明している。 |
| 「ISO9001を認証しようとすると、不要な文書の作成を強制される。審査員は、『作業を行うのに用いる標準書が必要ないですか』『業務手順書がなくても品質が確保されますか』とあたかも作れと言わんばかりの発言をする。企業側が汗をかきながら説明しても、審査員は許してくれない。企業が『はい、作っておきます』と回答すると、審査員は納得するのである。審査員(大企業で暇にまかせて文書を作ってきた窓際族に、特にこの傾向が強い)の過去の趣味に沿えば許してくれるのである。かくして、不必要な文書が作成される。不必要な文書を作ってはいけない。」何も「汗を流して説明する」ことはないのである。この関係がおかしい。 |
| 偶然であるが、ISO9000シリーズに批判的なイギリスのセドン氏が1997年に出版した「品質を追及して」という本にも「redundant government inspectors余剰の政府検査員」と「surplus industry quality manager 過剰な(窓際族)の品質管理者」が文書増大の原因としているし、企業側が、審査にくる審査員の履歴を見て、これらの人であると嫌がるそうである。英国でも同じ傾向があるようだ。 |
| こういう審査員の指摘に対抗するには、ISO本部のガイドラインや助言を大いに利用すべきである。中小企業ほど、大手型の無駄なシステムの押し付けを防止するために、理論武装が必要であるし、経営責任者の毅然とした姿勢が必要である。 |
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