| この新着ニュースで以前紹介した、従業員十数名の地方のある建設小企業が12月はじめに、S審査機関の本審査で合格の内示が出た。社長から電話があった。この企業は、管理規定ゼロ、品質保証体系図ゼロ、文書番号ゼロ、配付台帳ゼロのシステムである。 |
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| 1. 今年1月末の状態 |
| 今年1月末に初めて訪問したときは、M審査機関で予備審査が終わり、2月末には本審査の予定であった。品質マニュアルには、A4版で4頁大の品質保証体系図があり、12の管理規定があり、文書番号があり、複雑なシステムのため、現場は反発し、実際には動いていなかった。すべては、大手型の真似であった。これで、審査員が2月末の本審査の延期を勧告しないのはおかしいと感じた。こんな状態では、ISO9001を取得しても意味がない。私の助言で社長は本審査延期を東京に出て、審査機関の部長に要請した。そのとき、審査部長は「審査に合格したら、どういうようにしますか。」と、もう、合格を予定している発言であったという。 |
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| 2. システムの再構築 |
| 私は、ISO9000は、過去の実績から品質に自信があれば、特に新しいシステム導入の必要は無いとして、現状分析をした。そのアプローチに社長は驚き、初めてISO9000のなんであるかを正確に理解した。審査も指導と区別すべきことを知った。 |
| その企業に十数年、定着していたシステムを中心に設計し直し、管理規定ゼロ、品質保証体系図ゼロ、文書番号ゼロ、品質計画書は従来からの施工図を利用、配付台帳ゼロ、マニュアルの頁ごとの改訂欄なしのシステムとなった。 |
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| 3. 第2回目の予備審査 |
| これで、実際に定着させ、5月1日から完全実施となった。M審査機関は、すぐに審査に来たが、従来の指導型であった。主任審査員は大手企業の出身であったので、大手型のシステムを押し付けた。勉強しなおした社長は「それは、ISO9001のどこに書いてあるのですか。それとも貴方の個人的な意見ですか。」と聞いた。審査員はそのうちに真っ赤になったという。 |
| 審査員は書類が少ないと「管理レベルが低い」とつぶやいていたと言う審査結果は、ISO9001本文とのつながりがない文書増大の指導的なものであった。社長はこのような審査はISOのルールに反するとして、その審査機関のトップ宛に根拠を示し、手紙を出した。M機関の審査担当は驚いたらしいが、社長はすでに、このM審査機関では、従業員も嫌がるとして、けることに決めていた。最初R審査機関に変えた。ところが、その機関から電話が来た主任審査員の名前を私が聞き、それは悪名高い審査員であると注意した。結局、S審査機関に最後に落ち着いた。社長は直接S審査機関に電話し、フェアな審査をするかを確認した。すでに、8月になっていた。 |
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| 4・S機関の本審査 |
| 文書審査も修正は誤字程度の修正で10月に終わり、12月早々、予備審査無しの本審査となった。社長は審査の開始前に、審査員に対して「ISOの審査ルールに沿って審査の不適合とアドバイスは明確に区分してもらいたい。不適合はISO9001のどの条項、どのshallに抵触するかを明確にしてもらえばよい。」と言うつもりであった。ところが、主任審査員のほうが審査開始前に「今日は審査なので、アドバイスではない。あれば、区別する。もし、我々がアドバイス的なことを言ったら、逆に皆さんのほうで注意してもらいたい。」と偉ぶるでもなく、そうかといって、卑屈でもなく、淡々としていたと言う。 |
| 社長は、M審査機関と百八十度異なる審査の方法に驚き、かつ、審査機関を変えたことは成功であると実感したと言う。マイナーの不適合が数点あったが、審査終了時に合格内示が出た。社長が業界発行の厚い参考書と、大手建設業の品質保証部長の意見などを聞き、マニュアルを作り出してから、2年の月日がたっていた。しかし、そのうち、1年以上は、間違った方向に動いていたのである。間違いに気づき、路線を修正してからは、1年で取得にこぎつけた。そして、修正したシステムのおかげでお荷物のシステムとならなかった。M機関でも認証を取得できたかもしれないが、継続維持できず、現場の士気を低下させるシステムが動いていたであろう。そして、サーベイランスの都度、嫌味を言う審査員に接し、そのため、偽書類を作る企業となっていたであろう。また、R機関のH審査員を避けたのも賢明であった。 |
| ISO9001は、経営責任者のこのような判断が成功かどうかのカギを握るという事実がまた生まれた。経営責任者が、担当者任せでなく、自ら乗り出すことが、中小企業では特に大きなカギを握っている。 |
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