| A 氏: |
前の会社の機械工場では、多くのブラジル人が現場で働いていた。審査のとき、審査員が現場で、日本語で書いた作業標準を一人のブラジル人に示し、「意味が分かる?」と聞いた。彼は「ワカリマセン」と答えたんだ。さあ、大変なことになった。
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| 私 : |
どのように対応したの?
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| A 氏: |
ポルトガル語で書くといっても、今度は書くほうは語学を知らないから大変だ。それに、将来、ブラジル人だけでなく、パキスタン人も来るかもしれない。そこで、絵がいいということになった。職場のそこら中に、絵が氾濫した。しかし、僕は、それは疑問に思ったね。絵は掲示してあるだけで外国人作業者は見ていないからだ。
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| 私 : |
その基本発想には、最初に文書があって現場作業があるという頑固な発想があるね(このHPの基礎知識コーナーの「2つの違った品質保証のパラダイム(paradigm):H15年3月1週号」参照)。大体、審査のときに質問されたブラジル人は、もう、ちゃんと作業をしていたんじゃないの?
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| A 氏 : |
そうなんだ。もう数ヶ月前から、問題なくその仕事をしていたよ。だから安心していたんだが――。
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| 私 : |
ということは、誰かが、そのブラジル人にきちんと訓練していたんだよ。ポルトガル語の作業標準や絵などの「文書表現」なしでね。現場には視覚、聴覚、触覚を総合的に使った動的な体で見せる個性重視の高度の「型」がある。これを「身体表現」というんだがね。ISO9001は静止した視覚だけの個性無視の「文書表現」を重視して「身体表現」を軽視しやすい。もともと、現場作業は、「やって見せ、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の「身体表現」が基本だ。これはアメリカのTWIでも同様だ(このHPの9001項目別分類コーナーの6.の「訓練の品質目標とは:H15年12月5週号」参照)。「文書表現」に重点がおかれるから、JR西日本のように膨大な「反省文」という「文書表現」を書かされ、運転という多角的な個性重視の「身体表現」の再訓練は無視だ(このHPの品質・環境に関する社会問題コーナーの「タブー語と日勤教育の反省文:H17年6月5週号」参照)。
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| A 氏: |
そういえば、そのときの僕の担当職場の機械は30台くらいあったが、見やすいように操作順を番号シールで貼ったよ。そのとき、作業標準書に疑問を持ったね。
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| 私 : |
その場合、どうしても作業標準書を作るなら、「すべての機械は表示された番号順に操作する。」の1行で終わりだね。それに、数字は、国際語だよ。絵は不要だ。
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| A 氏: |
水泳も文字も読めない子供のときから覚えたよ。パソコンだって先輩の見よう見まねで、指を動かしている間に覚えた。自転車も自動車運転もそうだ。まず現場での「身体表現」が先だ。それで頭脳も個性的に円滑に働き、応用も効く。「文書に書いてあることしかやらない」というマニュアル主義のマイナスから脱却できる。
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