R社とISO9001の歴史
(H18年11月3週号)

1.1999年:ISO9002:1994への挑戦
R社は150人くらいの機械加工業である。主に自動車部品を作っている。社長はある会社の副社長をしていたが、やめて浪人していたときに、請われてR社の社長に就任した。オーナー社長ではない。
最初、社長がこの会社に来て感じたのは職場が汚いことであった。そこで熱心に行ったのは5Sであった。2年くらいかかったという。職場はかなりきれいになった。
そこで1999年頃、ISO9002に挑戦することになった。会社の建物の壁に「ISO9002取得」という大きな幕を掲げた。しかし、準備は遅々として進まなかった。

2.2001年:当研究所の指導開始
R社の同業者P社がコンサルタントのA氏の指導でISO9001:1994を取得したので、P社の紹介でA氏がR社のISO9002:1994の指導を行うことになった。
最初、工場を訪問したとき「ISO9002取得」という大きな幕を見て「すごい意気込みですね。」とA氏が言ったら、1年以上前の幕とのこと。何か底深い問題を感じたという。

3.管理責任者のリーダーシップ不足
R社には品質保証課があり、課長が管理責任者でもあった。数年前に途中入社で入った。すぐに気がついたのは現場の知識が不十分で、そのせいかリーダーシップに問題があった。
マニュアルは予定通り完成したが、会社側の準備態勢が遅れ出した。数枚の文書が2週間たっても完成しないという状態が発生した。1年以上たっても進まなかった理由が分かった。リーダーになる人がいないのである。予定より2ヶ月ほど遅れ出した。

4.A氏の戦略
そこでA氏は外圧を利用することにした。体制は十分でないが、骨幹はできているので、強引に予備審査を申請することにした。
この作戦はあたった。審査があるというので、急に会社がまとまりだした。
次の課題は管理責任者が審査員にきちんと対応できるかであった。
そこで文書審査で指摘された不適合を不満としてA氏がバックアップし管理責任者の名前で審査機関のマネージャー宛のクレーム書を出した。
こうして、一挙に本審査まで行き、不適合なしで2001年末に認証となった。

5.管理責任者の退職
次にISO9001:2000への移行が問題になった。ところが管理責任者は退職した。94年版取得のときの自己のリーダーシップ不足を痛感したのであろうか。
たまたま、近くの大手の会社のリストラがあり、そこの品質保証部にいた40才くらいの中堅管理職が求職してきた。その大企業はすでにISO9001:2000を取得していた。社長は、彼の経験を生かしてISO9001:2000に挑戦しようとした。
当然、A氏にはコンサルティングの依頼はなかったのでR社との縁は切れた。

6.突然の連絡
今月になって、R社の総務課長からA氏に突然、連絡が入った。得意先からISO14001:2004の取得要請があるので相談したいということであった。
A氏が訪問してみて驚いたのはその会社のISO9001:2000であった。150人くらいの会社に大手のシステムを持ち込み、かつ、狂気のように徹底化したのでものすごいことになっていたという。その大手から入社した中堅管理職が大手流のISO9001:2000を「印籠」にして、「問答無用」で社員を脅かし、この3、4年の間、ムダなシステムを徹底的に押し付けていた。
具体的には次のような現象となっていた。
@管理規定は56あった。視察に来たある大手の会社もこれをみて「そこまでやるの」と驚いたという。
A総務課長は書類が増加したため、最大、延べ20人分くらいの工数が書類作りに費やされているだろうと言った。人件費の10パーセントほどになろう。
B品質保証課はA氏が指導中は課長と女子1名だったが、今は男子が6名いてパソコンとにらめっこで、現場に行くことはほとんどないという。
Cちょっとした文書のやり取りでも、配付台帳と受領記録を作っていた。
D総務・経理も含めた150人の全従業員の業務レベルを細かい業務ごとに5段階にわけ、その詳細なレベルアップ計画を作成していた。実態にそわない作文であった。
E94年版のときの内部監査では部門長は片脇に抱えるくらいの書類ファイルで審査にのぞんだが、今は部門ごとに台車で書類を持って来るという。
Fこれだけの書類に手間をかけているのにクレームは増加し、工程の不良も増加していた。

7.当研究所の対応
この過剰な書類でこの素直な従業員の会社は、3年余りいじめられたことになる。大企業ならともかく、中小企業ではすぐにオーナー経営者でなくてもピンとくる問題である。原因は社長の意識にあることをA氏ははっきりと感じた。
A氏は、まず、ISO事務局を廃止するのは社長の決断しかないと文書で報告し、このムダなISO9001:2000の上にISO14001:2004を押し付けるのは、従業員のためにならないとして支援を断わることにした。問題解決は社長に委ねられた。トップの決断でR社のISOの今後の運命は決まるであろう。デミングは言った。「品質は役員室で作られる。
R社はその典型例となった。