| 1. デミングサイクルの登場 |
| ISO9001の2000年改訂の冒頭には、デミングサイクルが登場する。これは、環境マネジメントシステムに、最初登場した。今回、2000年改訂は、環境マネジメントシステムとの整合性が要求されているので、これを用いたのであろうが、これは、PDCAサイクルで、デミングサイクルとして有名なものである。厳密に言うと、これは、デミングの前のシュハートが言い出したことで、最初、シュハート・サイクルと言われた。シュハートも管理図の使用で、品質管理の歴史上、有名な人物で、デミングの師でもある。 |
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| 2. 品質管理の8原則と供給業者との互恵関係 |
| デミングは、有名な品質管理14原則を主張している。これを理解すると、8原則をよく理解できるであろう。デミングサイクルによるシステムアプローチ、外注も含めたプロセスアプローチ、顧客重視などが品質管理8原則に登場する。たとえば、品質管理の第8原則に「供給者との互恵関係」がある。これは、デミングの第6原則の「価格だけを規準に供給業者を選ぶことをやめよ。」に対応している。これは、伝統的な欧米のやり方と基本的に異なり、日本式の世界化である。デミングは、1980年頃までは、アメリカでは、無名に近いコンサルタントであった。それが、日本製品の驚異的な品質向上と世界市場での活躍は1980年にNBCのドキュメンタリー番組「日本にできて、なぜアメリカにできないか」で、背景にデミングの功績があることが紹介され、欧米で一挙に有名になった。 |
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| 3.フォードの外注政策 |
| デミングは、1981年にフォードのコンサルタントになった。そして、フォード社長のピーターセンとともに、画期的な改善をなしとげた。ピーターセンは、デミングの品質管理を背景に新車「トーラス」の驚異的な販売で、一挙にフォードを立て直した。フォードの最初に取った改善策は、部品供給業者に対するものであった。フォードは、欧米のメーカーの一般方式に従い、部品業者の選択は、入札式であった。しかし、デミングは、部品も全体のプロセスであるとして、その一貫性を主張し、日本式を要求した。フォードはそれまでは、1社だけの部品供給には、特別承認が必要だった。また、1年以上の契約を結ぶ場合も、特別承認が必要だった。これが逆転することになる。 |
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| 4.デミングとISO9000 |
| デミングは、ISO9000のことを聞き、「それは、役に立つスタートであるようだ。」と言ったが、内容を知るようになり、かつ、アメリカにも拡大するにつれ、次第に、否定的、軽蔑的になったという(イギリス・デミング協会会長)。「品質は工程で作られる」というのに、無駄な書類の増加、真の品質への無関心、工程への無関心、数値結果だけの管理、適合性だけの品質の弊害を見たのであろう。 |
| 彼は、亡くなる直前のインタビューで「ISO9000シリーズは、仕様書に対する適合性である。しかし、これでは、十分でない。それでは、うまくいかない。誰でも公称値を求めるべきである。最上の方法は、審査にパスすることではない。要求事項を満たすことは、要求されたことをすることだけである。しかし、それは十分でない。より良いことをすべきである。それは、公称値への同一性(バラツキの減少)を達成すること、公称値との差を縮小し、さらに、縮小することである。これが改善効果であり、競争力を増加させる。」(インダストリー・ウイーク1994年1月号)と言っている。 |
| 品質管理8原則は、デミング思考の再来であるようだ。しかし、その根は深く、従来のISO9000と正反対の内容もある。フォードは、伝統的な欧米の方法に対して、デミングの考えが異なるので、最初、古い考えの重役や管理者と混乱を起こした。そのように、2001年からの審査の場では、審査員と「改善」で大きくもめることになりそうである。 |
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