仕方が無いISO9000? (H13年8月4週号)
8月15日の敗戦記念日にNHKで、「戦争を知らない世代と語る」という2時間の特別番組があった。そこで、戦争中捕虜になることを嫌い、自殺する日本軍人の話が出て、当時日本人捕虜に尋問した米軍人の感想が紹介された。そこには「死ぬのは仕方がない。」という日本人捕虜の答えを英語で「no choice :選択なし」と訳していた。
「選択なし」は、日本の戦争の特徴であると言われる。
通常、人は失敗すると、反省して方法の選択を変える。ところが「選択なし。」では、選択を変えないで、「根性が無い。」「必死にやっていない。」といって、同じ方法でまた、相手に挑む。また、やられる。兵隊が無駄に死ぬ。
司馬遼太郎が「坂の上の雲」で203高地の戦いを書いているとき、資料を見ると、毎月同じ日に総攻撃を行うので、ロシア軍は十分準備して対応したという。これもno choiceである。司馬遼太郎は、同じ日本人として、その愚かさに気が滅入ってどうしようもなかったという。だから、司馬遼太郎は、ノモンハン戦争は書かないまま亡くなった。
しかし、日本語に「仕方がない」が今も健在するように、no choice は今も日本人の考えにある。このNHKの番組である帰国子女が、アメリカに過ごして、日本に帰ったときこの「仕方が無い」という日本語はよく理解できなかったという。英語では「alternative :代替案」という言葉が日常的にあるが、日本語ではなじまないことが多い。「choice;選択肢」と同じである。
ISO9000も規格に対し、企業側がどのように対応するかは個別のchoiceがあるはずである。しかし、中小企業でも、「大企業でやっているから仕方がない」、「審査員が言ったから仕方がない」「権威者が言ったから仕方がない」とおかしいと思いつつ、管理規定を沢山作り、文書番号をとり、無駄な書類の「死骸」を積んでいくのは、no choiceである。
イギリスのISO9000を批判したセドン氏は、「こんなISO9000はいらない」の初版で、オスカーワイルドの言葉を引用している。それは「愚かなことは罪なことである」という言葉である。
私は、中小企業には管理規定ゼロ、文書番号ゼロで、ISO9000を満足するシステムを完成した。そういう「another choice:別の選択」もあるのである。