「認識」度合いの聴聞?(H14年2月3週号)
 ISO9001: 2000の6.2.2のd)に「自らの活動の持つ意味と重要性を認識すること」と、「品質目標の達成に向けてどのように貢献できるかを認識すること」という要求がある。そこでA社の審査で、審査員がサンプリングで、ある作業者にその認識度合いを聴聞したという。たまたま、その作業者は口下手な性格でうまく質問に答えられなかったという。
 しかし、この聴聞は意味がない。ISO9001:2000では「認識を聞かれたら、即口頭で表現できること」などと要求していない。また、聴聞でべらべら答えたからといって、認識度合いが高いとも言えない。寡黙な人ほど信用ができ、ぺらぺらしゃべるのは詐欺師に多いというのが大人の基礎的な常識である。こういう聴聞をする審査員に大人のセンスがあるのか疑う。
 雪印問題は、ラベルはきちんと貼っていたのである。しかし、詐欺をしていたのである。子供がルールを守らないと母親が「『ごめんなさい。』と言いなさい。」と子供に押し付ける。子供はよく分からず、ただ、「ごめんなさい。」と反復して言うだけである。子供が本当に理解していっているのかは、口先だけでは分からない。これとよく似ている。
 ISO9000の初期の頃、社員全員が品質方針を暗記して、審査員の質問に答えたという時期があった。審査員はこれにより、「品質方針の徹底」度合いを審査した。それはあまりにもナンセンスということで、次第にそういう審査方法はなくなったようだ。その後、審査員が作業者に「貴方は自分の仕事に品質方針をどうのように反映していますか。」と聞くことが多くなった。
 これもナンセンスな質問で「私は決められ作業をきちんと守ることが品質方針を守ることになると思います。」と暗記した答えを言えば終わりである。本当に理解して答えているのか、丸暗記で答えているのか、それは聴聞とは次元が異なる判断である。
 認識の度合いを審査するなら、訓練テキストの内容と、訓練記録の確認で十分である。聴聞でその人の認識度を測定できると考えるのは神を恐れない驕りである。もし、聴聞で分かるなら雪印の問題は発生していない。