偽装問題は何故起こるか?(H14年8月3週号)

  1. 適合の品質」の問題点
    内部告発によらなくても、偽装問題は氷山の一角である。以前、東海の原子力発電の燃料処理で、作業マニュアルの無断改訂があった。これもマニュアルの偽造である。最近、病院のカルテの偽造があった。アメリカでは会計のごまかしまで発生した。

    これらに共通しているのは、事務的な手順は表面上、一応きちんとしているのである。偽造もラベルはきちんと貼り、マニュアルもきちんと修正していたのである。そういうルールはきちんと守っていたのである。いわゆる「適合の品質」は一応、合格だったのである。偽装の特徴である。しかし、同時に「適合の品質」は効率と関係ないから、コスト追求を要求される日常活動の中で、真の品質から離れ、ごまかしのために「適合の品質」を計画的、意図的に使われるという第一線のモラル低下を起こす。しかし、多くのマスコミはそれを指摘していない。雪印食品のように、モラル低下は会社をつぶすこともある。

    ISO9001が、「適合の品質」が中心だった「品質保証モデル」から、2000年版で「顧客満足」の「品質マネジメントシステム要求事項」に変わったのは、こういう問題が世界的に発生してきた背景がある。
    こういうごまかし問題は、かならず統制強化を生む。事実、政府は牛肉偽装で第三機関の設置を考えているという。しかし、これは本質的な解決でないことはイギリスの例が示している。生産者に、利益確保のおいしい買い上げ制度を作り、ごまかしを奨励する土壌を作ったことへの反省がない。人は非効率で無理なことを強制されていると、また、積極的にいろいろ知恵を出して、ごまかしをする。その心理への配慮がない。
    雪印乳業も最初の偽装問題の対策として、第一線に「皆、一人の人間として恥ずかしくないように行動しよう。」というパンフレットを配った。これも第一線に責任を押し付けている発想だから、同じ問題が後に雪印食品で発生した。

  2. ISO9000の間違った解説
    (1)日本の品質管理は内向き?
    ISO9000の解説の中でよく見かけるのは、従来の日本の品質管理は内向きであるが、ISO9000は外向きで購買者の契約用だという説明があった。それはおかしな解釈であって、1970年代から、次第に日本製品が世界市場を品質で席巻し出したのは、世界の顧客がその品質に満足したからである。内向きで出来ることではない。

    JISマーク制度などは、本来顧客保護のための制度である。顧客が製品の専門的な知識が少なくても、JISマークがついていれば顧客は安心して購入できるという制度である。内向きではない。

    (2)ISO9000は品質向上に無関係?
    ISO9000導入で品質向上になると期待するから、間違いなのであるという説明がある。では何故、ISO9001:2000は、PDCAの改善モデルを使って、改善という新しい項目を設けたのか。デミングは亡くなる直前にISO9000の拡大を知るが「『適合の品質』は結果的に品質向上にならず、顧客の満足にならない。」と指摘している。また彼は「品質向上は、コスト削減にもなる。」としている。

    またISO9000は、薬にもならないが毒にもならないという、訳のわからないことを言う人もいるが、効率を無視するとモラル低下を起こすという毒がある。これは強烈な毒で、これが会社をつぶすことは、原子力でも食品でも事実が証明している。
    要するにコストを無視し、効率に関係ない「適合の品質」は、品質向上にならないばかりか、会社をつぶすことになりかねない。そのモラル低下は企業だけでなく、審査の世界にも拡大している。テニオハ審査員の検事と弁護士の兼任などの人格破壊や、利益追求型の審査機関のモラル低下による不正や営業停止という面で拡大している。

    コストを含み、効率を考えた「品質の向上」(審査の品質も含め)がモラル低下を防止できる方法である。その方向はISO9001:2000でもまだ不十分であるが、それは日本が戦後、世界競争型の企業群で築いてきた道だったはずである。