T氏からの再度の電話(H14年11月2週号)

今週、また、大阪でISOコンサルタントのT氏からまた電話が来た。先月の電話の内容はこのホームページのH14年10月2週号に掲載されている。

今回の氏の電話は、審査機関の「判定委員会」の問題指摘であった。審査の場で、いろいろ議論して、不適合が1、2点かゼロになっても、判定委員会で、少ない不適合は認められず、ときにはISO9001:2000にない追加要求が出るという。ISO9001:2000が序文で明記している「文書の画一化を意図しない。」の無視である。審査員は、泣き言で「不適合ゼロではあるが、上が認めないので、なんとか妥協してくれ。」と言うそうである。警察官の点数稼ぎのようである。
私は、そういう経験がないと言うと、T氏は、「外資系はないが、日本系がそうである。」ということであった。私は、ここ数年、外資系しか関係していないので分からなかった。

T氏によると判定委員会では、大学教授もいるそうで、私は、昨年刊行され、日経ビジネスでも紹介された「小説・デミング賞」(徳丸壮也著・東洋経済新報社刊)に登場するラスプーチン教授を連想した(私の書評はこのホームページの『社会問題』コーナーの『書評2冊』H13年6月4週号にある)。官庁指導型で、外資系のように企業は顧客であるという発想がないようだ。

T氏はこの審査機関の名前まで明確にしなかったが、私のところに企業の担当者から来るメールでは、判定委員会で同じ問題があるというものがあった。ISO9001担当者は皆知っていることのようだ。しかし、オープンになっていない。T氏は「皆、知っているが、何故か、黙っている。オープンなのは西沢さんのホームページくらいだ。」と言っていた。それでは、日本のISO9001は北朝鮮のようになっているのだろうか。イギリスのISO9001は問題があるが、批判も多く、オープンである。
北朝鮮のように、後から「実は拉致があった。」ということでは、日本の品質管理の歴史上、大きな痛手である。しかし、すでに、日本の品質マネジメントは東電の検査データごまかしや、三菱自動車のクレームごまかしにある通り、これは氷山の一角で、担当者は長い間、皆知っていたことである。

また、日本系のある審査機関の審査副部長がある会社に行き「不適合など問題ありません。当社のコンサル担当がお伺いして、すぐに、是正処置を提案しますから。」と言ったという。これでは、検事が告発しても、すぐに同じ会社の弁護士を派遣するので、ご心配なくと同じである。その会社では、その審査機関にすぐにクレームをつけたという。

ある会社が審査機関を選ぶときに、日本系の審査機関をまわったが、ある審査機関の部長は「審査はshallでやることも、そうでないこともある。また、管理規定ゼロは1つの考えだが、当機関では認めていない。」と言ったという。賢明なその会社は別の審査機関にした。

しかし、何かのしがらみで、審査機関の選択の自由がない会社もあるのであろう。まだ、日本では、公正取引ができない社会主義的なつきあいがあるのであろう。経済が悪くなるのもやむを得ないのかも知れない。