インタビュー審査とムカデの話
(H15年3月2週号)

1.ハーネスの作業
ある中小の自動車部品メーカーで顧客からのクレームがあり、課長が選別に顧客のハーネスラインに行った。ハーネスとは自動車の車体の中を走る電線の束である。多くの線を結線していく。その課長は、その作業を観察する機会を得た。複雑な作業であるが、作業者は黙々と、すごい作業スピードでこなしていたという。しかも多品種生産である。作業標準など見ているひまはない。要するに、作業が無理なく、身についているから、文書を一々見ないでよい。安定している。
そういう作業者に、「あなたの仕事の手順を説明してください。」と言ったら、とまどうであろう。何故なら、身についている作業を客観的に説明せよと言われて、表現するには相当な表現力が必要だからである。現場作業者に専門でない表現力の力量をチェックことは意味がない。作業者の表現力と作業の力量とは関係がない。むしろ、反比例することが多い。

2.教育と訓練の違い
トヨタは、教育と訓練を分ける。教育は、体系的な知識だから、整然と答えなくてはならない。しかし、訓練は、作業を体で覚えていることであるから、口で答えることはすぐできないことがある。作業標準を示すだけになるが、それもほとんど見ていない。
だから、トヨタでは作業標準は、職長が作業監視用に見るために現場掲示をしているとしている。作業者は体得している内容なので見ないし、見ると作業スピードの障害になる。

3.ムカデの話
そこで思い出したのが、中国の古典の「荘子」にあるムカデの話である。
ムカデは多くの足を整然と動かして歩く。すばやく走ることもある。そこで、ある人がそれを見て「実にすばらしい。よく沢山ある足が相互にぶつからないものだ。コツを教えてほしい。」とムカデをほめた。ムカデは、はじめてほめられたが、その瞬間に、意識が足にいったのか、足が乱れ出したという話である。
当たり前に仕事をしていることを、改まって意識して、表現することは大変な場合がある。そして、表現できないからといって、当たり前の仕事ができないという証明にならない。むしろ、それほど、身についているから、安心だと言える。

4.ある食品ラインの話
ある大手食品メーカーに小さな10人くらいの女性だけの1つのラインがあった。ここでは、天然の香りのよい葉の外観を選別して、小さな袋に詰める作業をしていた。純粋の個人の手作業なので、10人くらいの作業者は口のきけない身体障害者であった。リーダーのベテラン男子だけが通常の人であった。彼は、作業者とは口頭でなく、身振りなど会話していた。
このラインにISO9000の審査員がくるときは、作業者に質問しても答えられないので、その若いリーダーが事情を話して、代表して答えることにしていた。
ところが、当日、このリーダーがあがってしまい、審査員の質問に答えようとして返事に詰まってしまい、ほとんど沈黙状態で終わった。後で、リーダーも障害者になってしまったと同僚に皮肉られた。

5.女性リーダーの微笑
この会社では、別な小さな2、3人の自動加工のラインがあった。そのラインのリーダーは快活な若い女性であった。審査員がそのラインについて口頭の説明を受けて、そのラインを去ろうとして、出口でなんとなく、振り返ったら、その女性リーダーがにっこり微笑んで会釈したという。
後で、審査員がこの微笑には感激したと言ったという。普段、現場では歓迎されない審査員商売だけに、こういう微笑で対応された経験は、珍しかったのであろう。