関東で多くの中小企業のISO9000コンサルタントをしているK氏より次のような近況報告があった。
「最近、Z審査機関の審査があまりひどく、私の顧客の会社をダメにしてしまうと思い、やむなく、コンサルタントとして対決しました。JABの責任者にも具体的に相談し、あってはならない審査なので、がんばってやめさせてくださいとのお墨付きももらいました。
当日、Z審査機関から責任者2人が来て、1日議論しました。最近、文書過剰要求をする審査機関も少なくなっていますが、Z審査機関は私の知る限りでは、その少ない機関の最右翼です。いろんなことがわかりました。参考にしていただけたらと思い、御報告いたします。
1.JABが認めない独特の聞いたことない解釈をする。
JABが認めないと反論してもその審査責任者は気にしない。今まで約100人の審査員がOKしている解釈であると反論しても無視する。
2.やたらに、詳細な独特の表現(昔、大企業で、はやったが今はしていない)を強要する。
要求事項にないといってもまったく聞かない。ただ不適合にすると暗にいう。
3.マニュアルの文章をしっかり読まない。
説明したらいくつかは認めた。私は今回の不適合は全部そちらの読み違いと言ったが、上の事情で聞く耳を持たない。
4.自分独特の要求、審査機関内の指導方針、審査機関の古い方法を最優先している。
ISO9001:2000の要求事項は幅があり、企業の事情を考慮すべきだとISO9001:2000の序文に書いてあるといっても、無視である。最近は、文書過剰要求をする審査機関はほとんどなく、私の知る限りお宅だけですよと説明しても気にしていない。
5.結論
私はISO9001:2000の要求事項やJAB確認の常識的解釈を丁寧に説明したら分かるものと思い、1日がんばりましたが思い違いでした。西沢さんが言われるように、分からない人は、相手にせず、最初から良い審査機関を選定することの重要性ほんとうに痛感しました。いい勉強をしました。彼らが、無駄な文書の減少の説得に応じない原因は、文書が多いほど、管理レベルが高いという信念が根底にあるようです。
また、今回のことで最大の収穫は、JABが、中小企業向けのISO(私は西沢さんのISOと同じように思います)を強く推奨していること知り、心強く思いました。」
以上が、K氏の報告である。審査員がひどい例は多いが、この例の場合は、審査機関ぐるみが問題の場合である。この幹部には書類が多いほど、管理レベルが高いという間違った信念(パラダイム・天動説)が根底にある(このホームページの「基礎知識」コーナーの「2つの違った品質保証のパラダイム(paradigm):H15年3月1週号参照)。その信念は間違った考えであることは、ISO本部でも述べている(このホームページの2000年版項目別分類コーナーの「中小企業のためのISO9000:何をなすべきか:ISO/TC176からの助言」2000年版・発行:H14年8月2週号の3.文書管理の項参照)。また、イギリスの審査員養成機関であるIQA発行の「小企業と品質システム」の解説書では、「過度の詳細の文書化は、かならずしも管理の強化にならない。むしろ、できる限りさけるべきである。」としている。「中小企業のためのISO9000」では、「作業者がフォークリフトを運転できないならば、解決策は指導書を書くことでなく、訓練することである。」とも助言している。
精美堂問題で有名になったT審査員は、2回サーベイランスに来て、その都度、しつこく、製本工程のホチキス止めの文書化を要求したが(このHPの審査/コンサル体験談コーナー「精美堂のその後:H14年11月4週号のクレーム7参照)、しつこい原因は、「全員が同じ基準で仕事が出来ることが重要なので手順書を作成した方がよい。」というT審査員の信念(パラダイム・天動説)から来ている。一見、この主張は正しいように錯覚しやすい。
しかし、全員が同じ位置にきちんとホチキス止めをするためには、ホチキスに紙の上下を合わせるガイドをつけるなどしたほうが、手順書を書くよりはるかに効果的である。精美堂はプロ用のホチキスで、そうなっている。そのホチキスのガイド設定なしで、いくら手順書を精密に書いても、「全員が同じ基準」で仕事はできない。逆に、きちんとしたガイドがあれば、手順書がなくても、全員が同じ位置にきちんとホチキス止めができる。天動説者は、戦後日本の品質向上に貢献した「品質は工程で作られる」という理解はゼロである。
Z審査機関の責任者たちには、2000年版でISO本部が文書要求を大きく減少したことは、彼らにとって、長年の信念を否定されたと同様である。天動説を信じていたのに、頼みの本部が変身して地動説になってしまった。しかし、Z審査機関の責任者たちは、長年染み付いた「文書が多いほど、管理レベルが高い。」という天動説を捨てきれないようだ。
この事例から、セドン氏の本の言葉を連想してパロディ化すると次のようになる。
「では、良い審査機関を選択することを皆さんに期待する。そして、特に、オスカーワイルドの次の言葉を思いだし、注意せよ。『愚かなことほど、罪なことはない。』」
これはイギリス式の言い方であるが、日本では、「馬鹿は死ななきゃ治らない。」という。
馬鹿は説得できないようだ。
しかし、深刻な経済状態で、苦しい中小企業に、金を払わせ、無駄な時間をとらせ、無駄なシステムを押し付けるほど、罪なことはない。愚かさ、あるいは馬鹿の被害をこうむらないためには、良い審査機関や良い審査員を選択することは、企業防衛には不可欠である。 |