1.トレーサビリティの範囲
トレーサビリティには、限定された範囲がある。最終検査日まででいいのか、材料ロットまで追いかけるのか、加工した機械番号までおいかけるのか、作業者までおいかけるのか、である。例えば、自動車は、1台の車に2万点くらいの部品があるという。1台、1台の車ごとに、使用した全部品のロット番号を記録するのは、大変な手間である。だから、全点不可能である。
そこで、トレーサビリティの範囲を限定する。94年版では、明確に「要求する範囲内」とあったが、2000年版では、消えている。しかし、トレーサビリティでは範囲の明確化はシステム設計上、重要なポイントである。
「中小企業のためのISO9001:TC176からの助言」(2000年版:和訳なし)では、トレーサビリティは書類の仕事やコストがかかるから、本当に必要な範囲に絞るべきだと解説している。
2.製品の識別によるトレーサビリティと記録によるトレーサビリティ
ISO9001:2000の「7.5.3 識別及びトレーサビリティ」では、トレーサビリティについて「製品について固有の識別を管理し、―――」とある。例えば、多数個取りのプラスチック成型のときは、型にその数だけのキャビティという成形空間がある。そして、キャビティごとに番号あり、これが成型のときに刻印される。これはキャビティの範囲までトレースできるための「製品について固有の識別」である。
顧客は、この識別番号を見ると、どのキャビティの品物であるかが即時にトレース可能(トレーサビリティが高い)である。自動車のエンジンには、1個1個、異なった製造番号の刻印があり、その刻印を見れば、何時、どこで作ったエンジンであるかはトレースが容易にできる。アビリティがある。
プラスチック成型の場合、通常、使用した成形材料の納入ロット番号までは、刻印されない。しかし、材料ロットまで分かるように、トレーサビリティと称して、台帳に記録することがある。この場合、製品固有の識別はないが、記録だけでトレースできる例である。
このように、トレーサビリティには、製品固有の識別行うものと、製品固有の識別はないが、過去の記録を追いかけて、ある範囲まで、トレースできるトレーサビリティとがある。
3.製品識別の問題点
製品識別でトレースできる方法は、記録だけのトレーサビリティに比較すると、一目で履歴が分かるので、アビリティ(容易性)が最高である。そして、ISO9001:2000の「7.5.3 識別及びトレーサビリティ」では、トレーサビリティについては、「製品について固有の識別を管理し、記録すること」だけである。記録だけのトレーサビリティの表現は明確でない。
狂牛病問題から、牛肉の産地まで追えるというトレーサビリティがマスコミで報道されたが、これはデータ記録によるトレーサビリティである。スーパーの牛肉そのものに、何らかの表示をするのが信頼できる製品識別のトレーサビリティである。パックの表示では信頼性が低い。しかし、牛肉に刻印するのは、技術的に不可能であろう。屠畜工場では、1頭ごとに保健所員が、合格印を皮に押す。しかし、皮をむくと消える。だから、プラスチック製品のキャビティ識別のような厳密なトレーサビリティ識別は、スーパーの消費者の手元に至る経路までは、現在のところ、継続していない。
このように「製品に直接識別する」ことは、信頼性は高いが、技術的に範囲が限定される。
4.記録によるトレーサビリティ
名著「中小企業のためのISO9000:ISO/TC176よりの助言」は、具体例が多く、参考になり、権威もあるガイドであるが、興味あることに、製品への刻印などの製品識別によるトレーサビリティの例が皆無である。データ記録によるトレーサビリティの例だけである。成形材料のロット番号台帳記録は、製品識別によるトレーサビリティでなく、このデータ記録によるトレーサビリティである。この場合、顧客は、成形品の納入日を調べ、成形部品メーカーに連絡し、成形メーカーは出荷記録から、その製造記録を調べる。そうするとその記録に原材料のロット番号を書いてあるので、トレースできる。製品識別より、時間がかかる。
5.記録によるトレーサビリティの問題点
(1)全工程の先入れ先出しの完全実施
データ記録だけのトレーサビリティは、データをさがす時間がかかるので、製品そのものへの識別よりアビリティ(容易性)は低い。そこで、コンピュータの登場となる。しかし、データ記録は、完全に現品の「先出し先入れ」をしないと、現品と記録が対応せず、トレーサビリティは砂上の楼閣となるという弱点がある。リコールで解決が長引く原因ともなる。これがデータ記録の最大の弱点である。これをカバーするために、先入れ先出ししかできない構造の保管倉庫にするコストをかけるとか、現品管理のコスト追加の配慮が必要である。
(2)記録の信頼性
また、データ記録は、人による記録だから改ざんができるという問題点もある。抜き打ち調査コストとか、その管理コストの追加も必要である。
牛肉のトレーサビリティということで、いくら、パソコンで生産者まで分かるようなデータ記録があろうと、東電のような改ざんの危険性は残る。内部告発に頼るのでなく、これらデータの抜き打ちチェックシステムのコストは計画的におりこまれているのだろうか。
あまり、意味のないトレーサビリティに手間をかけて行うと、現場のモラル低下を起こし、
改ざんが発生する。その点の配慮も必要である。
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