ブリジストン火災事故と「バカの壁」(H15年9月3週号)

9月8日に、私は、栃木県に出張して、夜、ホテルで、同県の黒磯にあるブリジストンの火災のテレビニュースを見た。火は、翌、9日も消えず、燃え続けた。
地方紙・下野新聞の10日の朝刊では、練り工程のモーターの過熱が原因ではないかという記事があった。原因は調査中であるというが一部のモーターは古くて、交換が必要な状態であり、冷やしながら使っていたというような記事があった。また、同新聞よると3年ほど前に、黒い粉塵が周辺に放出され、住民に謝罪したことがあったという(なお、下野新聞のタイヤ問題は、このホームページの「社会問題」:タイヤ不法投棄にISOが関係(H14年9月4週号)参照)。

こういうときに、テレビに専門家という評論家が登場し、解説をする。この場合も、安全の評論家(元、大手企業の安全管理専門担当)が登場して、最近の新日鉄の事故など、いろいろな事故は、今後、頻発するだろうと予告し、その原因は、コストダウンだという。これもおかしな話である。ちなみに、ブリジストンのこの工場は、リストラはしていないという。さらに、定期安全点検を終わったばかりの事故であるともいう。
これだけの危険物を扱っている工場が、安全管理には、コストをかけているはずである。建物の構造も防火壁がありしっかりしているはずである。しかし、安全管理が文書主義で官僚化、形式化していたのではないか。

話が違うが、今、ベストセラーの「バカの壁」で有名になった養老教授の密着取材がNHKの教育テレビで1時間半あった。その話の中で、同教授が、東大医学部の解剖学の講義を
しているとき、講義を受けていた東大の医学部の学生から、教授に「オーム真理教というところで、水中で1時間もぐっている修行者がインドから来るから、見に行かないか。」と誘われたという。最初、教授は冗談かと思ったが、真剣だったという。オーム真理教が話題になる前の話である。水中では、5分くらいしか持たないのは、医学上の常識である。しかし、その知識はこの学生にとっては「バカの壁」のため、生きた知識になっていない。この医学生は、医者になったら、医療ミスをしかねない。
ハンバーガーショップの店長が、アップルパイのアレルギー成分に興味を示さないことや、スーパーの店員が環境問題に興味を示さないのと同じである(このホームページの「息抜きコーナー」9月2週号3週号参考)。知識は、形だけになっていて、生きていない。

ある大手の車両メーカーが、昨年、リストラで、安全管理関係の部門をなくし、スタッフを減らしたという。この企業で、安全管理をしていたスタッフは、コストダウンを恨むであろう。しかし、厳しい業績を改善するため、会社は、現場の安全に寄与していない、スタッフの文書主義のムダに気がついたのであろう。企業現場は、安全・品質・コストは一体である。これをバラバラに論ずるから、問題なのである。真のプロの安全管理者は、最初から、コストダウン要求に対応できる強靭な現場の安全システムを確立する。コストと切り離す安全管理をするから、もろいのである。しかし、このリストラに対して、その工場の地域の公共の監督機関は、この企業を1年、特別監視企業にしたという。担当の嫌がらせである。「壁」が大きい。

デミングは、品質が向上すれば、コストは減るといっている。トヨタなど、日本の優良企業はそれを世界的に証明した。「品質工学」の田口氏は、品質工学はコストダウンの手法だといって、この名称は誤解されやすいと言っている。しかし、多くの品証担当者にはこういうことが分からない「壁」がある。コストは自分たちの問題でないと思っている。

あるISOの審査員が「品質管理の優秀な企業ほど、品証担当者の人数の比率が多い。」と言っていた。「品質は、設計を含めた工程で作られる。」という見方ではない。「品質は品証部で保証される。」という考えは、肥大した官僚主義、文書主義になり、現場でおり込む真の品質を見失う。競争力の低下か、大きなトラブルにつながる。品証部と現場の間には「バカの壁」がある。

ある30人くらいの中小企業では、親メーカーの流儀で初品検査を、別な品証部門で行っていた。私は、ISO9000をとるとき、それは、本来、製造部門長が、責任を持って管理すべきであるとした。それが理解されてから、製造部門長の動きが変わり、不良は激減した。「バカの壁」が消えたのである。

東電の原子炉点検記録の改ざんで、対策として、ダブルチェックが行われ、そのシーンが以前、テレビに出た。それを見て驚いた。チェックリストには、「良好」という記入された文字がたくさん並んでいたが、パソコンからの清書したプリントであった。そして、デスクでやっている。何故、生の記入をもとに、現場で行わないのであろうか。文書の形式化という発想は変わっていないようだ。現場とスタッフの「壁」は消えていないようだ。

最近、東電のコマーシャルで、「皆様のご協力のおかげで、今年の夏の電力不足を乗り切れました。」とあった。しかし、乗り切れたのは基本的に何年かぶりの冷夏のせいである。欧州並みの猛暑であったなら、どうなったか分からない。皆、それを知っている。
ある地方に行ったら、クーラー関係の下請け企業が、今年は、仕事が9割減り、ほとんど、ゼロに近い仕事量であったという。こういう企業の電力消費の減少は、喜んでよいのであろうか。ここにも「壁」がある。