ある製造委託を受けているT社に、得意先の品証部門の人が来て、検査部門が無いから独立させろとか、品質保証部を作れとか、工程ごとに検査工程がないとか、指摘していたという。
これは、品質管理の歴史に不勉強な得意先の品証部門担当が、その不勉強のつけを顧客という名目で、40年前の悪いシステムを押し付けている最悪の例である。「失われた10年」というが、この会社は「失われた40年」の被害を受けている。
初期のISO9000導入初期に、その取得のために、中小企業でも品質保証部門を作ったり、専任者を用意したりする企業があった。これも歴史に学んでいない。
ISO9000シリーズの歴史を見ると、検査主義の後退がみられる。ここに「歴史を学ぶ」ためにまとめる。
1.ISO9001:1987における検査主義
ISO9000シリーズは、イギリスのBS5750という品質システム規格をもとにしている。これは、検査重視の考えが基礎にあり、わざわざ、組織の要求の中に「4.1.2.2検証の手段及び人員」という項目が独立してあり、次のような要求に検査重視が現れていた。
「供給者(2000年版の組織のこと)は、内部での検証に関する要求事項を明確にし、検証活動に対して適切な手段を準備し、訓練された人員を割り当てる。
検証活動には、設計、製造、据付け、及び付帯サービスの各工程及び/又は製品の検査、試験及び監視を含む。設計審査及び品質システム、工程、及び/又は製品の監査は、対象業務の直接責任者以外の独立した者が行う。」
検証要員だけの独立した要求で、これに対応して、検査員の資格制度化が盛んに行われた。「対象業務の直接責任者以外の独立した者が行う。」から、検査部門の独立が要求され、ISO9000をとるために、組織上、検査課や検査部を新しく作った会社が増えた。
2.ISO9001:1994における検査主義の後退
87年版が世界的に拡大するにつれ、この規格の時代遅れの考えが批判の対象となった。検査主義は批判され、1994年版では、先の「検証部門の独立性」は削除され、残ったのは、内部監査員の独立性だけであった。用語定義でも、「自主検査」という用語も登場した。
また、87年版では、検査の項目にあった「工程監視及び管理方法を用いて、規定要求事項に対する製品の適合性を立証する。」という項目は、「工程管理」に移動、吸収され、検査から削除された。94年版では、「工程管理」のために行う検査と、「検査・試験」のための検査が区別され、「工程管理」のための検査は、監視となり、記録の要求もなくなった。
94年版で、記録のムダを減らすというコンサルタントは、この変更を徹底的に利用した。
3.ISO9001:2000での検査手順書要求の削除
94年版にあった「検査・試験業務の手順を文書に定め、維持すること。」は削除され、文書化は、企業の任意となった。
4.イギリスのISO9000取得会社の例
2000年にイギリスにある30人くらいの板金業の会社を訪問したが、この会社は最初、BS5750を取得した。したがって、最終工程の作業者は、検査は兼任できなかった。その後、社長は、90年代になってトヨタに来て、その考えを学び、帰国後、工場現場にある文書は、顧客の図面だけ、新人訓練もビデオ、品質マニュアルは、従来、あった管理規定が吸収され、1冊で、端末閲覧で、配付が無く、印刷すらできないようにし、徹底的に無駄排除をした。製品が完成するまで、ぼんやり待っていた専任検査員をやめ、最終工程の作業者が最終検査も行うようにした。品質は向上した。
イギリスのほうが日本に学んで、ISO9000をうまく修正して使っていた。
5.デミングの第12原則
デミングの14原則の12番目には「品質保証を検査に依存することをやめよ。」というのがある。「品質は工程で作られる」という発想で、バラツキをどんどんなくし、品質を向上することが最上の品質保証であるとしている。日本はこの教えで、戦後の「日本製品は安いが品質は悪い。」という状態から、30年程の間に、世界の製造業の品質を席巻するようになる。逆に、検査主義のイギリスの品質は低下する。
デミングは、日本で有名となった。それが、日本の品質向上とともに、逆に、アメリカで有名となり、それにより、フォードのコンサルタントとなる。これ以来、アメリカでもデミングの考えが広がる。
6.アメリカの検査主義
ISO9000規格と合体した、アメリカの自動車業者の部品メーカーへの規格であるQS9000では、1994年の初版の検査の要求項目に「検査により不良を発見するよりも、統計的な工程管理、ポカヨケ、目で見る管理などで、不良の発生を予防すること。」という追加要求がある。これは検査による品質保証主義の否定を反映している。デミングの影響である。
7.「TQC用語辞典」(日本規格協会:1985年)の解説
この辞典では、この戦後における日本の品質管理の流れをうまく要約している。
(1)検査重点主義の品質管理
「品質を検査主体で保証すること。いわゆる品質保証=検査の考え方で欧米の企業に多い。検査の強化が品質保証につながるとしている。しかし、かりに全数検査を行っても検査漏れが生じるのは必然であり、また検査だけでは保証できない項目が多々あり、不良品による多種の損失が発生する等の問題があり、PPM管理の時代にはとても検査主体で品質保証することは不可能である。」
(2)工程管理重点主義の品質保証
「品質は工程で作りこまれるという考えの下に、工程管理に重点を置くことによって、品質を保証すること。品質が作り込まれる製造工程の工程能力研究をしっかり行って、製造工程をよく管理して全製品を良品生産して、工程管理を主体に品質保証する考え方である。この考え方の実現のためには、製造部門はもちろん、外注、購買から生産技術、検査、営業の各部門が、それぞれの役割に応じてトップから作業員まで工程管理に参加して、それぞれの業務の質を保証する必要がある。しかし、製造上、使用上の問題の中で開発設計段階に起因する問題はカバーできない。」
こうして、90年代に、設計管理の充実段階と進む。特に、製品設計と工程設計との同時設計や、いろいろな機能部門が集まって、設計段階から検討するプロジェクト型の設計が盛んになる。だから、QS9000の2000年版であるISO/TS16969では、製品設計のない部品メーカーでも工程設計があるので、これは「7.3 設計・開発」の適用を除外できない。
8.三権分立主義と品質保証組織
企業の組織について、民主主義の政治組織を真似て、製造組織の三権分立主義というのがあり、立法が設計部門、行政が製造部門、司法が検査・品質管理部門が対応し、これらの3つは組織的に独立していなくてはならないという考えがあった。だから、製造部長の下に検査課がある組織や、技術部に品質保証課が含まれる組織は、組織図だけで不適合になることが多く、形式的な組織変更を行う傾向があった。
しかし、1970年代から90年代にかけて、「品質は設計を含めた工程で作られる」ということが浸透し、日本の品質が世界を圧倒してから、この官僚的な発想は消えていった。
しかし、最近、初期のISO9000の持っている検査主義の名残や、官僚的な組織主義の影響で、この日本の戦後の輝かしい歴史に学ばない人により、T社のように「失った40年」を強制されている企業もある。賢人は歴史から学んで、同じ繰り返しをしないのにーーー。 |