事故多発と「バカの壁」 (H15年10月3週号)

最近、出光製油所の火災事故や、病院の医療事故など、事故が多発している。その底には、共通の「バカの壁」があるようだ。

1.日経ビジネスでの論議
日経ビジネスの9月22日号で、唐津一氏が、新日鉄とブリジストンの事故で「『慣れ』が管理の隙を生んだ」という特別寄稿をしていたが(「ブリジストン火災事故と自殺・是正処置:H15年10月1週号」参照)、氏は、その中で「原因として設備の老朽化や合理化の行き過ぎをあげるのは単純すぎる。」と述べているのに対し、10月6日号では、第一線で働く読者からの反論として、読者欄に次のような趣旨が掲載されていた。

「現在の現場は手抜きが重視され、工場に掲示してある品質管理のグラフも事実と違い、「見栄」を良くすることが優先され、グラフ作成が目的になっているのが現実だ。今まで、ベテランがカバーしてきた部分は、彼らがリストラや定年で退職したことで低下しており、原因は「やらなければいけないことをやったことにして表面をつくろっている。」「ベテランや真のプロフェッショナルがどの職場でも存在しなくなっている。」の2点にある。」

これと同じ「見栄」だけの現象の例の一つとして、ISO9001:2000で「設備点検チェックリスト」にチェックマークをしている例をよくみかける。

ある会社で、十数台の自動機を2名の作業者が毎朝、設備点検チェックリストをつけていた。点検項目は十数項目あった。内部監査では、チェックリストは完全マークされ、満点であった。しかし、ある監査員が、チェックの手間が多いことで疑問を持ち、チェック時間を測定したら、作業報告の稼働時間と合わない。要するに、監査にあわせて、まとめて書いていたことが分かった。作業者は「書類の見栄」が機械点検の意味と理解していた。これでは、真の事故予防につながらない。

また、そのチェックリストには、例のごとく「異音が出ないこと。」とあった。
「異音」はプロフェッショナルの言葉ではない。現場をよく知らないスタッフ言葉である。本来は「キーキー」「ガタガタ」「シューシュー」などの故障予兆を知らせる音でなくてはならない。作業者は、「異音なし」という単語にチェックマークをつけているだけである。「異音とはどういう音か?」と聞かれても答えられない。それが機械の点検と思っている。だから、チェックリストは立派だがベテランのノウハウを活かしたものでないから、事故を効果的に予防できず、形式は整備されたが、予防能力は組織的に低下している。それに気がつかない。チェックリストの「バカの壁」である(「無駄な記録は、何故、増加するのか? :H15年7月1週号」参照)。

2.サンデーモーニングの話
事故の多発問題で、コメンテーターのカメラマンの浅井氏が、最近の自己の体験を話していた。それは街頭で写真をとろうと設営していたら、若い男が自転車で走ってきて、過って浅井氏にぶつかって転んだ。しかし、その男は謝らず、とっさに出た言葉は「私が悪いのでなく自転車が悪い。」であったという。浅井氏は、3時間くらい、頭が真っ白になったという。これもこの男の頭と行動の間にある「バカの壁」である。
日本人は、職場でも、日常生活でも、「バカの壁」だらけである。

3.手術ミスと手元のマニュアルと手順の掲示
最近、ある病院の手術事故で、若い医者が手術用遠隔装置の操作マニュアルを見ながら手術をしたという。ISO9001:2000の文書管理での「必要なときに、必要なところで、文書が使用可能な状態にあること。」となっているから、この場合、必要なときに、必要なところで使用していたことになる。しかし、結果的に手術は失敗し、死亡事故となる。だからトヨタは教育と訓練を分けている。マニュアルを見ないで作業ができるようにすることを訓練という。

名著「中小企業のためのISO9000:ISO/TC176からの助言」では、「作業者がフォークリフトを運転できないならば、解決策は指導書を書くことでなく、訓練することである。」と明記している。

製造現場にも「必要なときに、必要なところで、文書が使用可能な状態にあること。」から作業者の前に作業標準(マニュアル)を掲示する例が多い。作業者が見るためだという。管理者は掲示したことで、管理されていると思い、安心して放任している。しかし、事実は、作業者は見ていない。作業者はマニュアルに書いてあることは身についていて、見る必要もないし、仕事はスピードが要求されるからだ。だから、作業者も管理者も誰も見ていない。文書は多いが作業は無管理である。モラル低下を起こす。これも作業マニュアルの「バカの壁」である。

だから、トヨタは30年前から次のように言っている。だから、トヨタの現場はモラル低下を起こさない。
「作業標準について考えると、作業者は数十回乃至数百回繰返すとその作業に習熟するので不要となり、得てして机の引出しにしまわれることが多い。そうすると監督者は大勢の作業者を相手にそれが標準作業通り行われているかを知る方法がなく、現場管理は杜撰となる。したがって、管理の徹底という面から考えると標準類は作業者のためというより、むしろ監督者のためにあると考えねばいけない。」

ある工場に、壁に緊急事態の連絡網が大きく掲示されていた。ISO14001の審査で、緊急事態の場合のために掲示を要求されたという。しかし、地震や火災の緊急事態で、その壁は容易に崩壊するだろう。誰が、緊急事態のときに一々壁の掲示を見て連絡するのか。看護婦が緊急患者の対応にマニュアルを見て対応するのと同じ発想である。どこで緊急患者が発生するのか分からないのが緊急事態である。「バカの壁」である。