客船火災の真因と是正処置(H15年11月2週号)

1.事故の原因と対策
11月1日の朝日新聞の経済欄は、三菱重工が、建造中の豪華客船の火災事故など相次ぐ工場の事故の原因を明らかにしたと報じている。昨年10月に作られた現場管理改善改革委員会が、この事故の原因分析と是正処置を検討し、その結果が報告書にまとめられ、12月に正式発表されるという。
若手従業員の未熟さよりも、事業が30年続いたことで熟練工がマニュアル頼りで知恵を絞らなくなり、工場の縦割りがひどくなった影響が大きかったことが原因という。リストラや合理化が原因ではないようだ。ここでいうマニュアルは、ISO9001:2000の品質マニュアルではなく、手順書や記録などの書類のことであろう。

2.書類過剰の問題
この記事で特に関心を持った個所は、

「『マニュアルの重装備』が原因であるので、作業手順や安全管理に関するマニュアルをゼロから見直し、必要最低限に絞り込む。」

ということが書いてあったことだ。火災事故であるので、原因は技術的なことに絞られるかと思ったが、ここまで、追求したということは、かなり深く原因をほりさげたと評価できる。
しかし、この記事を書いた記者は、どうも取材がポイントついていない。何故なら、マニュアルがたくさんあるということは、見方によっては、管理がすぐれていると考えた人がいたからではないか。そう思って「重装備」にしたのではないか。「重装備」とは事故に対して「万全」という意味ではないか。
それが何故、事故の原因となり、減らすことになったのか。必要最低限のマニュアルに絞り込むというが、必要のないマニュアルを何故作ったのか。そのさらに「真因」が不明である。その真因をつぶさない限り、再発する。それは、背景にマネジメントの書類至上主義があったのではないか(このホームページの基礎知識コーナー「2つの違った品質保証のパラダイム(paradigm)」:H15年3月1週号、及び項目別コーナーの4.2文書化に対する要求事項「無駄な記録は、何故、増加するのか? 」:H15年7月1週号参照。「重装備」でなく、無駄な書類があったということではないか。

最近、ある30人くらいの中小企業に行った。顧客からの要求で、作業手順書がその顧客向けの部品品番には書いてあった。見ると、「電源を入れる」と第1行に書いてある。これは意味がないのではないかと聞いたら、最初は書いてなかったが、顧客の品証部門担当が見て、書くように言ったという。この中小企業は、全部の品番が約3千点ある。無意味な「電源を入れる」というような文章を3千回書くことになる。このことから、逆に、その顧客企業に過剰な文書があることをすぐに想定できた。その品証部門の担当は、その文書化発想は、重大な損失を発生する条件を三菱重工のように自社の中に育てているのに気がつかないのであろう。そして、それは、その外注にまで影響するこわさを知らない。

3.現場管理のズサン
トヨタは30年前から次のように言っている。
「作業標準について考えると、作業者は数十回乃至数百回繰返すとその作業に習熟するので不要となり、得てして机の引出しにしまわれることが多い。そうすると監督者は大勢の作業者を相手にそれが標準作業通り行われているかを知る方法がなく、現場管理は杜撰となる。したがって、管理の徹底という面から考えると標準類は作業者のためというより、むしろ監督者のためにあると考えねばいけない。」
このように、監督者は不安の目で、現場を見ていないといけないはずだ。

必要がないマニュアルがあったということは、そのマニュアルは誰も見ていないということである。誰も見ないということは監督者も現場放任になっていたのではないか。作業者も監督者も誰もマニュアルを見ていないと、マニュアルは多いほど作業は無管理となる。
また、三菱重工の現場の声として「作業への慣れがあった」「監督者が現場に出る時間が減っていた。」というものがあった。これもおかしい。作業への慣れは良いことではないか。監督者が現場に出る時間が減ったということは、事務所にいる時間が増えたことではないか。では、どんな書類の仕事が増えたのか。その点が不明。無駄な書類と関係があるのか。

あるゼネコンがISO9001を文書過剰「重装備」でとったため、現場監督者の作成書類が増えた。このため、事務所にこもる時間が増え、現場に出る時間が減少し、逆に下請業者のほうが、「現場に出なくていいのか。」と事故を心配していたという(このホームページの「記事・著書・研修案内」コーナーの「ISOマネジメント2001年7月号・巻頭提言」参照)。しかも、事務所で作るデータの7割は改ざんである。モラル低下を起こす(このホームページの審査/コンサル経験談「7割近くが書類の改ざんを示唆」:H13.6月1週号)
だから、F県庁の担当職員は、事故を起こしたらこわいので、重要工事はISO9001の審査対象からはずすように、業者に要求したという(このホームページの審査/コンサル経験談「新春雑記」:H15年1月1週号)
三菱重工は、高い授業料を出して、これらの危険性を学んだことになる。

4.事故の予測?
また、この三菱重工の新聞記事の最後に「決まった通りやりなさいというがマニュアルだが、うまくいく方法しかとりあげていない。どんな失敗が起こりうるかを自ら考え、その道筋を断つという逆の発想をしないと、弱くなった製造現場は生き返らない」という大学の先生のコメントが載っていた。
これは、おかしなコメントで、マニュアルとは、本来、うまくいく方法を文書化したものである。うまくいく方法とは失敗しない方法であり、もし、失敗しても拡大を防止できる方法である。マニュアルはその方法の標準化のために作る。だから、書けばよいというものではなく、生きた内容がなければならない。「重装備のマニュアル」とは、ただ、たくさん書けばよいという心理なので、それは同時に、書いた書類に生きた中身がないということにつながる。
複雑なマニュアルは、作業が複雑であることを意味するから、先に作業を簡素化して、その簡素化した作業をマニュアル化すべきである。文章が並んでいるだけで、生きた内容がないマニュアルが多かったのであろう。
「チェックシート」による確認も、機械点検の例だと「異音がないこと」という生きていない無意味な文字面だけのチェックを事務的に行う例が多い。「異音」という生きていない単語に疑問を持たない。そこには、「どんな失敗が起こりうるかを自ら考え、その道筋を断つという逆の発想をしない。」という「バカの壁」がある。

日本全体の製造現場では、「異音がないこと」という抽象用語に代表される、生きていないチェックリストが、今日も、何万枚、いや、何十万枚も製造現場で作られているだろう。そのうち、何パーセントは、後から書いたごまかしである。その意味では日本の製造現場は無意味な「重装備」な書類で弱くなったといえるかもしれない。(事故多発と「バカの壁」:H15年10月3週号参照)

三菱重工のこの重要な報告を参考にして、他の企業は、これを水平展開して、過剰な書類の恐ろしさに対してどういう予防処置をとるだろうか。誰も見ない品質保証体系図、QC工程表、作業標準書、ごまかしのチェックシートなどはどうするのか。それは、ムダな書類のコストだけでなく、企業にとって、致命的なトラブルになりかねないことを三菱重工のトラブルは教えているのではないか。中小企業などは、会社をつぶす原因になるかもしれない(このホームページの最新情報コーナーの「コンサルタントが内幕暴露「ISOが会社をつぶす」 (週刊朝日、H14年8月9日号、P148-149:参照)