ある審査員の不満?(H16年2月3週号)

ある中央紙の新聞社の社会部S記者から取材を受けた。私の名前を一昨年の週刊朝日の記事で知ったとのこと。S記者は経済部でないから特にISOは詳しくない。取材の動機は、次のようなある審査員からの訴えを受けたからである。

1.ある審査員の不満
S記者は、審査員Z氏の不満から話を始めた。それは、このZ審査員が審査で不適合を指摘した会社からクレームが来て、審査機関のマネージャーがその不適合を撤回したという話しであった。Z審査員は会社のために指摘したことが、会社と審査機関のマネージャーにより捻じ曲げられたと不満であったらしい。
その不適合の1つに、現場監督者がマニュアルを手元に持っていなかったことの指摘があり、その指摘を会社側も了解のサインまでしていた。それなのに、後でクレームとなり、そのクレーム書には、当の現場監督者のサインもあったという。
S記者は、このZ審査員の不満の話を聞いて、審査機関と企業との関係に何か裏取引的なものがあり、それを審査員が憤慨していると受け取ったようである。
これが私への取材の発端であったようだ。

2.私の説明
私は、S記者に、まず、問題を正確に理解するには、審査ルールとして、次の3つがあることを説明した。
(1)審査とコンサルの明確な分離
審査とコンサルの明確な分離をしているかが前提である。不適合の場合は、該当するshall(この意味もS記者に説明した)を明記すべきである。そして、現場職長がマニュアルを持っていなかったということは、どのshallの不適合か、明確にしてあるはずだと言った。審査員がshallに該当しないことで不適合にしている場合、撤回されることは審査員としてはプロとして認めなければならないと説明した。
(2)代替案の押し付けの注意
次にshallに抵触しているといっても、ISO9001:2000の規格は製品規格と違い、かなりの幅がある。だから、ISO9001:2000規格も序文で、品質マネジメントシステムの構造や、文書の画一化が規格の目的でないと言っている。
Z審査員の指摘例で、現場管理者がマニュアルを手元にないという指摘は、数メートル離れた現場の事務所にあればよいのか、現場の机の上にあればよいのか、解釈の幅がある。すなわち、規格の運用では、企業によっていろいろな方法がある。
事実、「中小企業のためのISO9000:ISO/TC176よりの助言」では、「中小企業の場合、事業所も小さく、1つの事務所の文書に皆がアクセスできるときは、コピーを配付しないで、それを見たほうが、複雑な管理は不要となり、改訂管理も単純になる。」とある。だから、規格を満足するいろいろな代替案があり、会社が効率的と考え、事務所保管方式をとったとき、Z審査員が一方的に現場机保持方式案を押し付けることはできない。

私は、94版で重装備でとった企業から改善依頼があり16部門に配付していたマニュアルを2000年版移行のときに、全員、共通で見るようにして配付をやめた。事務所が一箇所であったからである。
(3)署名は実地審査終了の手続きであること
審査の場で、審査員の指摘した不適合について、企業側が署名を求められ、これに署名しても、実質的は意味がない。それは、その時点での形式的な審査終了手続きにすぎない。ISO9001:2000規格に合わない合意や審査員の間違った指摘が、後で分かった場合、意味をなさない。
審査員は一般的に口はうまいが、製造現場の人間などは、現場の作業は強いが審査などの抽象的な言葉による会話には弱い。したがって、つい、会社側は審査の口の議論では負けて、署名だけとなる。あるいは、さからっても仕方がないと諦めて、サインする。
警察でいくら無実を言っても聞いてくれないので、自白調書にサインし、裁判で無実を訴える無実の人に似ている。

この場合のように、後で考えると常識ではおかしいとなると、サイン後のクレームとなる可能性は十分ある。かつ、先の「中小企業のためのISO9000:ISO/TC176よりの助言」のような権威ある文書を根拠に反論されると認めざるを得ず、審査員の不適合は撤回となる。

審査員は、会社側がいやいや署名する場合は、謙虚に反省して気をつけるべきである。

トヨタ方式では、現場作業者と職場長が議論して、無駄のない仕事を設計し、実施する。Z審査員がそのような謙虚な姿勢を持たない限り、彼の不満は消えないであろう。
これを不満としないで、「勉強」とすれば、お金をもらって多くの会社を経験するので、経験豊富な産業人になれる絶好のチャンスでもある。しかし、不満と受け取れば、成長なしで終わる。「猫に小判」である。会社によっては、面倒でクレームを出さず、泣き寝入りすることもある。それを審査員は知ることはできない。もったいないことである。クレームは勉強になるから、出してもらうことに感謝すべきであろう。

私の説明を聞いたS記者は「最初に審査員の不満を聞いたが、先入観があったようであった。よく事情が理解できた。」と言った。