1.G氏の意見
是正処置のための問題対応策の水平展開を予防処置とすることは「現実に起こった不適合」からの処置であるため、論理的な矛盾をきたし、認められない。では、どうやって予防処置の必要な事項を見つけるのか。それは、8.4節「データの分析」にヒントがある。「データの分析」はもともと過程行動であって、処置活動ではない。また、データの分析では、不適合があれば個別に是正処置をとるが、不適合のネタを抽出できることが多い。
これを解析して必要な処置をとることが予防処置である。
2.R氏の反論
(1)用語定義
ISO9000:2000では、是正処置と予防処置の違いは、是正処置が再発予防であると言っているだけで、その情報源が「現実に起こった不適合」からかどうかというような情報源の制約はない。水平展開であろうと予防できれば、定義により予防処置である。
また、ISO本部の解説文書である「中小企業のためのISO9000」(94年版)では、仕出し屋の例をあげ、加工肉の不適合からネタを得て、不適合が未発生である他の製品である惣菜の処置を予防処置の例として解説している。これは「現実に起こった不適合」から予防処置をとった例で、加工肉からの水平展開による予防処置の例である。
(2)指針
ISO9000−2:1997で「是正処置と同じ原因及び状態が予防処置に関係することがある。この場合は一定の型又は傾向が現れて、未発生の不適合発生の可能性を示唆するので、調査すべきである。」として、『現実に起こった不適合』が予防処置につながることを明記している。すなわち、水平展開は予防処置の1つとして説明している。
(3)「ISO9001:2000:Explained: second edition]ASQ刊(和訳なし)
この著者Charles氏は、ISO9001:2000を書いたメンバーの1人でアメリカの代表だが、この解説では「ある製品のラインで是正処置をとっているとき、他のラインで類似の不適合が起きそうかを考えることは賢明なことであり、これは他のラインに対する効果的な予防処置になる。」としている。これは、現実に不適合が起きたラインの情報に基づいた、不適合未発生の別のライン製品への水平展開・横展開の例であり、予防処置の例として明記されている。
3.G氏の反論
私は「予防処置」をシステムとして構築し、実行せよ、という要求が94年版で示されたとき、その要求に答えるシステムとはどうすればよいかに頭を悩ませた。なぜなら、87年版で、「4.14
是正処置」の項で「 c)遭遇したリスクに応じた水準で問題を処理するための予防処置の開始」と記述してあり、「是正処置、即ち再発予防処置」と位置づけられていたものが、94年版では「4.14.2是正処置」、「4.14.3予防処置」となって、両者が別物であると扱われるようになったからである。
そして、「不適合の潜在的原因を検出」することをシステムとして構築し表すことができるのか、たまたま予防関連につながるような不適合がある時は予防処置を取れるが、それは偶然の事でありシステムとして検出した訳ではない、と思っていた。
ふと考えると、私の手許では1年に一回の品質実績をとりまとめて、Cp分析や問題点のパレート分析(ABC分析)を行って次年度の重点課題設定を行っていることに思い当たった。そうなんだ、94年版で言い出したことはこれなんだ、と考えて、やっていることを規格の表現にあわせてブラシュアップすることにより、より体系的な仕組みとすることができた。多くの人は、87年版の印象が残っていたり、残っているコンサルタントの影響があり、再発防止を予防処置と何となく思っているようで、これでは改正規格の言っていることが死文化していると言う思いがあり、「水平展開は予防処置と認められない」という文章になった。
規格的には、8.4で「c) 予防処置の機会を得る」ことをone of themの目的としてデータの分析を行うことを求めている。そして、8.5.3のa)で「起こりうる不適合の特定と原因の特定(本当は主としてデータ分析からだから、原因が先に掴まれて、不適合としての現れ方が推定されると思うが)」を行うことを求めていますから、94年版で私が考えたことが当たっていたと思った。
このような分析と潜在的不適合の特定は程度の問題はあっても日本の企業では行っていることでしょうから、それほど難しい事ではないと思う。要は審査員の理解と正しい判断によってそのような取り組みがさらに向上して、製造力の向上につながって欲しいと思っている。
是正処置については、94年版の「不適合原因の調査(investigation)」が「不適合の原因の特定(determining)」に変わった意図には、なぜなぜなぜによって根本原因に遡った対策を立てさせたいか、調査という表現ではそれに対して不足だ、だからroot
causesをdeterminingさせるのだという意図があったと言うことだから、例としてあげられた加工肉で起こった期限切れ問題の再発防止のために総菜部門も含めて正すと言うのは、「システムの是正」という考え方で是正と考えるべきと思う。ただ、実際的には是正と呼んでも予防と呼んでも実施するのは正しいことだから、分類分けだけで不適合呼ばわりをすべきではないと思う。ただし、このことだけで、本来の予防処置をシステムに取り込まない正当化に使われたら不適合とすることを考えるべきと思う。なお、この機会に、不適合の原因となった事項以外の問題点がないか総点検をする、というのは予防処置でしょうが、システムとしての制度的な仕組みにしづらいと思うので、臨時的な予防処置と考えるのが適切ではないかと思う。Chales氏の事例についても同様です。
結局、「認められない」と言い切ったのはやや強すぎた嫌いはあるが、要は産業の品質管理力の向上のためにシステム(制度)としての仕組みに目を向けて頂きたいと審査員に強調したかったと言うのが趣旨である。
4.デベートからのまとめ
「やや強すぎた嫌いはある」という最終表現は、R氏の指摘を認めるのか認めないのか、結局、G氏の結論はあいまい。実のあるデベートになっていない。その原因は、次の2つである。
(1)G氏は権威ある文献の引用が皆無
R氏は、権威ある文献の引用をしているが、G氏のほうは、「ふと考えられる」とか個人的な意見だけで、自説を補強するために、権威ある文献の引用をするという発想が全くない。「原因の特定」のdetermineは、root
causeと関係あるというが、これも権威ある文献の引用がないので根拠がうすい。「私の『定説』です。」「私の個人的な思いつきです。」と同じ論理になってしまう。
(2)論理的一貫性の欠如
G氏の反論の下線部分は、言っている意味が理解できない部分である。
また、G氏は「現実に起こった不適合」からの処置であるため、水平展開は予防処置でないとしながら、一方で「1年に一回の品質実績をとりまとめて、Cp分析や問題点のパレート分析(ABC分析)」で改善検討するのが予防処置だと言っている。
ところが、これらの例としてあげたデータはすべて、偶発的に発生した「現実に起こった不適合」の「定期的」集計である。だから、この「現実に起こった不適合」の集計データからとられた処置は、氏の論理であると是正処置になってしまう。しかし、一方では氏は、これは予防処置の本命であるといっている。矛盾に気がつかない。また、惣菜の事例では、一旦、是正処置であるとしながら、「是正と呼んでも予防と呼んでも実施するのは正しいことだから」と論理的に一貫性がない。
実のあるデベートには、ISO本部などの権威ある文書をよく勉強して、それを正しく引用したり、適切な事例をあげたりして、それに基づいて論理的一貫性のある明確な意見を表明できる「力量」が不可欠である。審査員がG氏のような議論の仕方をすると、正しい審査は不可能であり、「自説」の押付となり、企業側がレベルの低いシステムを押し付けられる結果となる。
きちんとしたデベートができることは、審査員にとっても審査のプロとして、不可欠な「力量」である。 |