回転扉事故:安全とマニュアル化
(H16年5月4週号)

2年前の三菱自動車のハブ破損事故による死亡事故の真因は、設計ミスのようである。

ISO9001では、設計管理の要求として、設計審査、設計検証、妥当性確認の3つのチェックポイントを設定しているが、新車販売を急ぐため、特に妥当性確認が不十分であったようだ。そして真因を知りながら、原因を整備不良に意図的に転嫁し、是正処置でウソの報告をしていたという。
しかし、一般的に日本の人的災害が、20年ぶりに増加しているという。日常生活でも、六本木ヒルズの回転ドアによる6歳児の死亡事故が大きな話題になった。医療事故も依然として多い。

この回転扉事故をマスコミがドアの問題ばかりとりあげているので、何か、違和感を覚えた。その点、「文芸春秋」6月号の「子供を回転扉で殺さないために・失敗学と古武術」という対談は、失敗学の畑村洋太郎教授と古武術の甲野義紀氏との数頁の対談であるが、加害者、被害者ともに、バランスのとれた有益な対談である。

事故は、問題を起こす「物」の問題(設計の問題)と、それを使用する人の危機対応訓練の両面から考えなくてはならないだろう。
こどもの縄跳び遊びに、縄がまわっている間に、跳び込み、そして、また、縄の回転から跳び出すという遊びがある。タイミングを間違うと、縄が当る。回転扉に跳び込むのと似ている。原始的な訓練が必要であろう。
現代は、特に都会は、一歩、外に出れば、危険に満ちている。一方で、甲野氏の言うように子供の原始的な危険対応能力は都会生活で落ちているかもしれない。昔は、男は一歩外に出ると、百人の敵に合うと言われた。品質工学の田口氏は交通標語の「注意一時(いっとき)、ケガ一生」は正しくなく、「注意一生、ケガ一時(いっとき)」であると言っている。

甲野氏は、ジャイアンツの桑田投手を古武術による特殊な訓練で筋力を復活させた人でもあるという。

ところで、この文芸春秋の対談の中で、畑村教授は次のように言っている。

「今の日本は故障や事故はメーカーに問い合わせればいいやというテレフォン・エンジニアと、説明書さえあれば事足れりとしている、マニュアルエンジニアだらけですから。
ここから『TQCの落とし穴』が起きます。日本企業はTQCで製品の品質を飛躍的に向上させてきました。しかし、今やTQC先進企業の不祥事は枚挙にいとまがない。これは品質管理マニュアルが細かく高度になりすぎて、現場はそれを守るのに精一杯で、不測の出来事に対応できないためです。いつのまにか、『自分の頭で考える』ことができなくなり、発想が制限されていく。日本がTQCで世界に冠たる経済大国になったことと、この十五年の大不況とは、同根だと思います。
と言っている。

しかし、私は、日本がTQCで世界に冠たる経済大国になったとは思わない。製造業は、そんな精神論やお神輿担ぎでは強くならない。日本が強くなったのは、トヨタの例のように、現場底辺のプロジェクトXの存在であり、メタルカラーという日本独特の現場技術層やトヨタ生産方式という画期的な生産管理技術の存在による。今、製造業は不況であるといいながら、これらの技術力、管理力をもっている企業は、依然として強い。

TQCは、最初から「とっても苦しい」と言われ、現場ではそのムダが問題になっていた。高度成長にかくれてクローズアップしていなかっただけである。しかし、次第に、これをカバーしていた現場技術層は薄くなりつつある。
そして、この十五年、誤解したISO9000の普及とともに、TQCのマニュアル化、書類の重装備化が重なり、促進され、日本的TQC 型ISO9000が始まったことが大きな原因になっているように思う(このホームページの2000年版項目別分類・4.2文書化に対する要求事項の「客船火災の真因と是正処置:H15年11月2週号」参照)。

機械の始業点検など、きちんとマニュアル化されており、チェックリストでどの会社でも「異音なし」というチェック項目があり、チェックされている。しかし、チェックしている作業者に「異音とはどういう音ですか?」と聞くと答えられない。このチェックシートの例のようにキチンと書くという形式化、官僚化が進んでいて、生きた技術は現場から消える。だから、本当に「異音」が出ても対応能力はない(このホームページの2000年版項目別分類・4.2文書化に対する要求事項の「無駄な記録は、何故、増加するのか?:H15年7月1週号」
参照)。
私は、これらは畑村教授の言う「細かく高度な」マニュアルと思わない。「無駄な中身のない」マニュアルだと思う。異常対応ができない底辺には、この拡大がある。ムダなISO9000は薬にもならないが毒にもならないだけでなく、とともに、ジリジリと「自分の頭で考えない。」で「顧客の品証部担当に言われるまま」「審査員に言われるまま」に毒になる状態を拡大させる。

紙に文字を書くと個別の生きた実態は抽象化する。複雑に変化する現実を忘れる。「バカの壁」の養老教授が言うように、「情報は死である」。現実は情報を越えて変化する。チェックシートに書いた文字は死である。マニュアル情報は死である。それに満足していると、生きて変化する異常な場合の対応能力が減少する。事故がじわじわと増加する。

トヨタは、マニュアル厳守はうるさいが、同時にそれは、刻々、改善により、変えるべきであるという発想が背景にある。言い換えればマニュアルは死であるという発想である。

あるダイキャスト製造業がISO9000を取得するとき、審査員から機械に供給するエア圧のゲージが校正されていないと指摘された。しかし、ISO9000では校正は製品の適合性の判定に使用する計測器に限定されているので、その指摘を拒否した。しかし、不勉強なのに、プライドが高い審査員は、今度は勧告に切り替えて粘った。
そうしたら、その議論に疲れた品証部長の管理責任者は、その意見を取り入れ、エア圧のゲージも校正をすると言い出した。マニュアルに数行追加すればすむことであるからだ。

私は、それを聞いて驚いた。機械を止め、今、あるエア配管にあるゲージを外し、そこに標準ゲージをセットし、次に、エアを送り、測定し、また、機械を止めて外し、元のゲージを復元するという作業をしなくてはならない。それを十数台やらないといけない。それも現場が動いていない夜中や、休日にメンテナンスは出勤してやらなければならない。
その現実の作業を想像して、そのマニュアルの数行を書いているのかと聞いた。もちろん、彼は、それには答えられなかった。そのマニュアルを書いたら「細かい」かもしれない。しかし、「高度」ではない。現場は守れないし、意味のない「低度」の「バカの壁」のマニュアルとなるか、校正したというウソのデータ作成になるのが落ちである。