日勤教育
(H17年5月1週号)

1.品質保証課長の「日勤教育」
数年前、ある30人位の自動車部品メーカーA社のISO9000取得指導に行った。ところが、その直前に、品質保証課長が急に退職した。理由は、納入先の品質保証部長のクレームのたびに行われる「いじめ」であった。クレームが出ると、呼びつけられ、QC工程表にいろいろなことを詳しく書けと「指導」される。書き直してまた行くと、また、あちこち修正を要求される。これを繰り返す。陰湿な大人の「いじめ」である。人格やプライドを徹底的に傷つけられる。結局、いやになって、課長職をなげうって退職してしまったのである。納入先の品質保証部長は、この書類作成作業による「いじめ」が効果的な是正処置と信じていたのである。

しかし、あとを継いだ課長は、私との打合せにほとんど出てこなかった。一人、食堂にこもり、クレームの文書を書いていた。品質保証課長の仕事は、意味のない書類作成であった。いじめは続いていた。

今回の福知山線の大事故に関連して、西日本JRの「日勤教育」(「日勤」だから、乗務停止とそれに伴い乗務手当がないので、事実上の賃金カットペナルティ)という是正処置のやり方をテレビ放送で見ていて、このA社のことを思い出した。
JR西日本の「日勤教育」では、毎日のようなレポート書き、反省文、就業規則の転記など、責任追及が多く、運行システムや運転技術の改善とは関係ないことばかりであるという。先の自動車部品メーカーの品質保証課長が退職したように、JR西日本では「日勤教育」の「いじめ」で自己嫌悪におちいり、自殺した人がいる。

2.イギリスの「日勤教育」
2000年にイギリスのISO9000取得のある自動車部品メーカーを視察したとき、マニュアルを見て驚いた。ISO9000の訓練管理規定の中に標準を守らない従業員に対する懲罰規定があり、@口頭警告、A書類警告、B最終書類警告又は停職(賃金カットを含む)、C解雇の4段階があった。これには驚いた。
さらに、重大なものとして不正行為があり、窃盗、喧嘩や意図的な虚偽報告などが例示されていた。これは調査後、事実であれば即解雇である。これは当時のイギリスのISO9000の訓練管理規定には通常の記載であったという。ギスギスしたISO9000である。

デミングは、こういう管理が従業員のモラル低下、虚偽の報告を生み出すことにより、品質低下を起こすことを警告している(このホームページの「審査/コンサル経験談」コーナーの4.の「目標管理とISO9001:2000:H16年9月4週号」参照)。だから、イギリスは、ついに、名車ローバーまで失っている。
デミング信奉者であるイギリスのセドン氏は「こんなISO9000はいらない」(西沢訳・近代文芸社発売)で、いくつかの事例をあげているが、その中で、民営化された電力会社の標準管理が従業員のモラル低下と虚偽の報告のもとになっていることを述べている。
守るべき標準の例として「メインヒューズの故障の場合、電話の後、4時間以内に到着します。それよりながくかかった場合、顧客に20ポンドを払います」など、3つがあげられている。
これらの標準を作業者が守らないと、罰則になるので、作業者はごまかす。ある作業者は、約束を守れないときは、先に顧客に電話して、約束の日を変え、記録も報告も問題ないとした。
これらの標準への失敗記録には、責任者の名前と再発防止処置を書くようになっていた。この様式が責任者の恐怖となった。ちょっとしたミスまで処置を書かないといけないので、クレームがあると「目が回る」ということになった。

A社の品質保証課長が、クレームに対する処置をでっち上げるのに、「目が回り」ほとんど、食堂に入りきりなのに似ている。

結果としてウソの報告が発生し、データは信用できない。このウソを上層部が知ると締め付けはもっときびしくなる。JR西日本では、乗客に化けた覆面監査官もいたという。
品質は本質的に改善されない。事故が起きた日から、オーバーランは減らない。「日勤教育」のやり方では、隠しているものを含めると本当のオーバーランはもっと多いだろう。

山本五十六の有名な言葉を思い出す。
やって見せ、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば人は動かじ。

3.目的と手段の混同
こういう事故の問題が出ると、すぐに安全と効率を対立して評論する人がいる。しかし、それは解決にならない。それは品質とコストの対立と同じである。それは対立するものではない。一体のものである。
交通は、安全でなくてはならないが、同時に、便利、かつ安価でなくてはならない。
それを満たす運転システムや設備資源の投入を設計するのが当然である。安全のための行動、便利さのための運転、効率的な運転という別々の運転はない。これらを一体化しない限り、問題は解決しない。別々に言う専門家は現場を知らない。
安全を無視すると、結局、コスト面でも高くつくのは常識である。別なものではない。一体である。
品質とコストを切り離すから、コストも伴う現場では品質も守れないのである。

4.安全管理責任者のあるべき釈明
デミングは、現場個人の責任は多くはシステムにあるとしている。これをシステム思考という。今回、マスコミでこのシステムに着眼した報道は皆無である。
JR西日本の記者会見で説明していた人は安全推進室長であるというが、「過密ダイヤ、運転手がミスをすると自殺者まで出すような『日勤教育』の再発防止システム、かつ、古いATS装置というシステム内で、このカーブで運転手が70km以上の速度を出す可能性と、それによって起こる事故を安全推進室長は予測し、改善できなかったのか。安全管理の常識的なリスク分析はどうなっていたのか?運転手は一生懸命運転しているのに、その間何をしていたのか?それは何故か?」と記者団は質問していない。常識的にできる「予防処置」の問題である(このホームページの「何故、『8.5.3 予防処置』の扱いは面倒なのか?:H17年4月4週号」参照)。


いずれにせよ、間違ったマネジメント思考のために、犠牲となった106名の方のご冥福を祈る。