1.英語による混乱
ある15人くらいの会社の従業員の中心は、中年の家庭の主婦であった。ISO9001:2000の取得のときに、講義をしたら、その中年の女性が「マネジメントとはなんですか。」と質問があった。私は「家庭でも、家計をやりくりしているでしょう。それがマネジメントです。」と説明した。
マネジメントが英語のせいか、何かわれわれの日常生活と次元が異なるという先入観がある。英語では、日常用語であり、manageマネジするとは「(馬を)手で御する」が原義であるという。そして、日常用語では「やりくりする」「なんとかする」の意味でよく用いられている。マネジメントの原点はそこにある。
2.マネジメントシステムのポイント
ISO9001:2000やISO14001:1996のマネジメントシステムでは、「馬を御する」のでなく、目標に向かって「社員を御する」のである。文書を作るのが目的ではない。それは人が効果的に動く手段に過ぎない。マネジメントシステムの活動は人が相手であり、人々を1つの方向にリードしていくことである。人、物、金の制約の中で、何とかやりくりして社員をうまく動かし、目的を達成することである。だから、リーダーが中心となり、グループの中の人の動きに関心をもち、ときには説得したりして、人々のコミュニケーション(会話)を十分にもつことが重要である。
ある中小企業で、ISO9001:2000を取得するので準備をしていた。準備中に訪問したら、管理責任者と製造の課長が、私の目の前で「連絡した、しない」の口論になった。私が、事情を聞いたら、管理責任者は「ちゃんとメールした。」と言う。しかし、2人の机は隣り同士であった。会話がなかったのである。これは管理責任者のマネジメントの原点の欠落である。案の定、準備は大きく遅れた。
3.スポーツとの比較
よくチームスポーツで優勝すると、その監督のマネジメントのやり方がビジネス誌に登場する。これは、優勝に向かって選手(部下)を「御する」という点で、企業の社員を扱うマネジメントと共通性があり、参考になるからであろう。
ISO9001:2000やISO14001:1996の取得の準備のマネジメントが円滑に行かない原因として、リーダーが文書作成に追われ、全社員とのコミュニケーションに無関心なことがあげられることが多いのは、当然であろう。
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マネジメント活動と各企業の個別の仕事との区別を理解すること。 |
1.スポーツの例
プロのスポーツでは、監督がマネジメントする。それは、スポーツが、野球であろうと、バスケットであろうと、サッカーであろうと、プレーヤーを効率的に動かす役割は同じある。スポーツの内容は全く異なるが、監督というマネジメントの仕事は共通しているという理解が今後の統合マネジメントシステムを理解するポイントである。
2.企業の場合
アメリカでは、プロの経営者が、業種の違った会社を立て直したりする。これもマネジメントと会社固有の業務とは、違っているということを示す。
3.ISOのマネジメントシステム規格の場合
ISO9001:2000、ISO14001:2004、OHSAS18001:1999のようなマネジメントシステム規格は、品物の規格、環境の騒音とか汚水規格、労働安全衛生のための危険物の規格は定めていない。それは、先のスポーツの例で言えば、マネジメントのルールは、サッカーとか、野球とか、バスケットボールのルールを定めていないと同じで、監督のマネジメントの方法の共通通的な内容を定めたものと言える。
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マネジメントシステムの規格は抽象的な規格であり、システムの実体はない。 |
1.スポーツの例
スポーツの監督のやり方に共通的なものがあるとしても、現実に存在するのは、サッカーの監督であり、野球の監督であり、バスケットボールの監督である。抽象的な監督は実在しない。
同様に、共通化したマネジメントシステムというのは、実体のない規格である。 2.言語と抽象性
例えば、「馬」という言葉で、われわれはあるイメージを描く。しかし、現実に存在するのは「隣の家の農耕馬」であり、競馬の「ハイセイコー」である。そして、少しずつ違う。「馬」という枠内ではあるが個性がある。したがって、幼児は、この抽象用語を理解するには、時間がかかるであろう。幼児の目に映るのは、最初は「隣の家の農耕馬」であり、競馬の「ハイセイコー」であり、「絵本の馬」である。それらを通じて、次第に「馬」という概念を獲得する。
3.ISOのマネジメントシステム規格の場合
ISOのマネジメントシステム規格で示されたモデルは、実体がない。しかし、実際の企業は、実体がある。それは、実際に存在する個々の「馬」と、「馬」という抽象的な言葉との違いと同じ関係である。この関係は、下の図1のように示すことができる。

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